2018年 01月 14日
私の仕事、その9、時代の不安とどう向き合うか!最終回 |
NHK大河ドラマの「西郷どん」をみました。
内容はともかく、子役の演技が上手で、
こどもたちはがイキイキとしていました。
さて西郷隆盛については
私の亡くなった父が、
もし西郷が大久保や伊藤のように
ヨーロッパを視察していれば、西郷は
死ななかったかもしれないと言っていたのを
思い出します。
一緒に「西郷どん」を見ていたうちの爺さんは
若者をみすてられなかったのだろう・・・と
言っています。
最近散歩の途中で立ち寄ったツタヤで
おもしろい本をみつけました。
歴史家の磯田道史さんが書いた本で
「司馬遼太郎に学ぶ日本史」NHK出版というのを
買って読みました。
面白くてドンドン読んでしまいました。
この本を読むと、
司馬さんは、西郷は壊しやであったが、維新後、
日本の国をどう造り変えるかの青写真、ビジョンを
もっていなかったと書いているらしいのです。
当時新しい国家としてのビジョンを持っていたのは、
坂本竜馬だけで、
大久保や伊藤はヨーロッパの真似をしながら、それを
掴もうとしたらしいのです。
維新の前の徳川幕藩体制というのは
封建的領主の集合体であり、
日本という国家の体を為しておらず、
西欧の市民国家に対抗するためには
急速に市民国家としての日本を作り上げる必要がありました。
それが富国強兵という国民の軍隊をもった中央集権の国家です。
それまでの民衆は、徳川の将軍様は知っていても
天子さまである天皇のことなどほとんど知りませんでした。
その頃の民衆の意識は、
それぞれの藩の下に農業を母体にした社会を武士が管理した
社会意識であり、
藩はそれぞれ自立した経済をむすびつつ
徳川の下でネットワークされていました。
しかしその天子様、天皇を頭に抱き立憲君主制の国家に
日本を書き換え、さらに西欧に追いつくまでには
大変な変容が必要です
その大変な社会造りと文化変革を、
短時間のうちに日本は驚異的に成し遂げました。
なぜ日本はその急速な変化を成し遂げられたのかというと
それは日本の藩が、
それぞれの支配のフレームの中で、
多様性を以て自立していたからです。
藩は、それぞれの風土や、歴史の特殊のもと、
自国(藩)特有の経済基盤と文化を発足させながら
藩を経営して生きのびてきました。
※現在のように中央からの補助金や助成金なんかに
依存していなかったということです。
だから藩経営の、それそれの有用性にもとづいて、
個性的で有能な人材が育てられていたということです。
その多様性と自立性の中から
明治政府は、
政治を担う個性豊かでかつ、
優秀な頭脳の人材を
藩から獲得できたからだと司馬さんは書いているのです。
さしたる青写真もないまま、
明治政府が
曲がりなりにも国家として成功したのは
江戸時代の遺産があっかからで、
その遺産とは、
300余の藩の多様性が無形の遺産となったと
いうことです。
その中でも最大の遺産は、各藩にいた人材で
各藩の若く優秀な人材が、
今度は藩のためではなく、天皇の下に
新しい国家をつくるために集められ、
そこでお互いが反応し合い、化学変化を起こしながら
明治の日本という国を造っていったとのことでした。
やはりそうか~と私は思います。
さらに一般民衆も
勤勉さや正直さを持ち
感度よく、これからの日本のイメージを察し
新しい未来を予兆しながら、
全員参加という形で明治の日本ができあがったということです。
明治はそういう意気と息吹きに燃えた日本でもあったのですね。
しかし、それが大正から昭和へ、
そして世界へと進出していくのですが、
日清戦争、日露戦争での勝利で慢心し、更に
欧米を優先し、逆に植民地にされていたアジアを見下す
傲慢の中、
第一次世界大戦、そして第二次世界大戦と驀進していきました。
そのギンギンのグローバル意識で欧米諸国に対抗する中。
●天皇の統帥権を傘に、軍が権力を持ち始めます。
議会政治が骨を抜かれ、政治も超えて、
すべてが軍へと一極化されてゆき、
日本は狂気の国へと走りだしていきました。
この狂気のことを司馬さんは<鬼胎>といい
その始まりは明治であったと書いています。
明治の軍国主義、富国強兵、すなわち<軍隊による強い国>が
最終的は狂気の中へと突っ走っていったということです。
そこには、うかうかと欧米諸国に憧れ、幻想化した
非リアリストの日本と日本人がいます。
さらに物事を合理的にみることができず、
曖昧のまま、あたかもそれが良いことのように思いこんでいる
非現実的な「天皇の軍隊は無敵であり、神風が吹く」などという、
非合理を平気でまかり通してしまいました。
ふたたび現代へと話を戻すと、
昭和から平成を経て、日本はまた大きな変容の時を迎えています。
それはIT情報化時代とAIの時代です。
IT情報化時代は、あっという間に
日本や世界を席捲していきました。
私の正直な感想は、あっという間にやられた!という感じです。
あっという間に私たちはコンピューターと携帯電話を
さも、当たり前のように使う時代になってしまいました。
さらにコンピューターの導入で、
科学技術の革命的進歩が脳の解析を進める中
あっという間にAIの時代にも入りそうです。
しかし、どうでしょう、このITやAIの時代がどうなるかの
●青写真を私たちはもっているのでしょうか?
このITやAIの時代を経営できる能力を
私たちはもっているだろうか?
逆にITやAIに使われてしまうことは
ないのだろうか・・???
グローバル経済と金融経済そして、
TIとAIの時代は一体どうなっていくのだろう?
誰かこの先の青写写真やビジョンを、
もっているのだろうか?
私にもわかりません。
私にもわかりませんが、
私が夢うつつの中で
「何かに連れて行かれそうになる不安がある」
それに、どう対処したらいいのか・・?
とおぼろに考える中
うっすらみえて来たのが、
日本の中に今、既に現象化している
二つの大きな潮流でした。
ひとつは世界のトップを走っているAIの研究とAI産業です。
もう一つは<コミケ>を中心に地下水道のように流れている
漫画やアニメや小説や映画などの
日本のサブカルチャーの世界です。
AIはいずれは、人工知能の技術的応用だけではなく
脳とはいかなるものか、ということが広汎に理解されてゆく可能性が
あります。
その脳の世界、つまりパンドラの箱を開けたとき、
人間は様々な思い込や幻想の正体を知らねばならなくなります。
それまで幻想として依存していたことやものから
醒める必要を突き付けられるでしょう。
そういう非合理イメージには、
依存できなくなります。
それは、現実をしっかり直視し、
冷厳な事実を受け入れ、
自分の孤立や孤独を引き受け、
そしてひとりひとりが、
自立することです。
自立して生きる気概こそが、自分の不安を払拭するのです。
司馬さんは自己を確立せよと言っています。
その自己をいかに確立するかは
単に意識でそう思うのではなく、
今まで自分が築いて来た文化を
しっかりと検証した、総括したうえで、認識し、自覚すること。
つまり自分を見つめ、自分を相対化し、
自分の足元にある、確実なこと(自分が実感的に掴んできたこと。)を
認識したうえで自己肯定の自覚を持つことです。
自分とはいったいこれまでの人生で何を蓄積してきたか。
自分にとって何が大切で、何が不要であるか。
それを時流や流行に流れずにしっかり
自覚認識することです。
私流にいえば、自己肯定を不動のものにする!
そしてそれを国家に例えれば
日本という国がこれまでの歴史と伝統と文化の中で
何をアイデンティティーとして生きのびて来たか、
日本人は、何を指標にして生きてきたかです。
それは決して欧米諸国のように
・・・・ファーストではないはずです。
日本は、本来独自の文化の下に
多様性を重んじ、お互いがうまいこと共存してきました。
その中から優れた人材を輩出し、さらに
他者と一緒に生きることを良しとした国です。
スキさえあれば、他国を侵略しようとなど
思いもしなかった国です。
ただ、欠けていたのが、
竜馬がもっていたような
●現実に対するリアリティーと
●合理的な視点です。
夢から覚めて、しっかりと現実を直視する。
さらに
依存や甘えを厳しく取り除き、
自分がどうしたら、自由でイキイキと生きれるか?
どういう社会であったらそれが可能であるか?
私はまずは、日本の国内の
それぞれの地方が
中央集権の一極的な支配から自立し
それぞれの地方が自力の経済力を駆使して
豊かな地方文化と経済を取り戻すことだと
思います。
それは政府や中央に依存するのではなく、
苦しいけど自立した地方都市が
独自に自分達を啓蒙し、経済基盤を開発し、
その●民力を蘇らせることです。
その一方で、年に2回、60~70万人もの若者達が集合し、
コアな文化を交流しつつ、60億から70億の経済効果を産む
コミケのように、
●日本の独自文化をしっかり確立することであると思います。
そしてそのモデルをもう日本は持っている。
まだまだ内的に向いているこの若者達のサブカルチャー文化が
世界へと向きを変えた時、すごい爆発力があると思います。
そしてコミケの若者達の底流には
エゴを厳しく自省する、清新なものが流れています。
このことも、日本ならではの素晴らしい原風景的意識です。
さて、
私の中にひろがる
だだっ広い景色をどのように書いたらいいだろうかと
始めは思案しましたが
なんとか書けたように思います。
しかし、まだ大ざっぽであり、
細部にいたっては、これからの補足が必要だと思いますので、
それも少しずる書いていけたらと思います。
今から30年くらい前、これからは脳の時代が来ると思い、
以来大して良くもない頭を駆使しながら
手当たり次第脳の事に関する本を読んできました。
そしておそらく心理ということも
脳のシステムから説明がつくようになるのではないかと
思い始めた頃、あのオウム真理教の事件が起きました。
あゝこれはなんとしても、私なりの言葉で
脳と心のことを伝えていかねばとおもい、
そうしてこのブログ書いてきました。
そうする中で私も歳をとりました。
そして最後に何をするかを考える中、
私の仕事とは、私が70年の歳月で得たことを
言葉にして伝えることだと思いました。
だから新しい年を迎えて「私の仕事」というタイトルで
書き始めたのです。
しっかりとした理性と知性の目をもつこと。
希望的観測や、幻想や妄想を払拭した
リアルな厳しさで
現実を解析すること。
さらに
自分にとって、不要な思い込みや世間的通念をすてて、
しっかり理屈にあった考察をすること。
その時、観念的理屈に囚われず、
狭心にはならず、広く大きく、そして
ファンタジーの世界も包み込んでいくこと。
ファンタジーとは、
今だ解明されていない不思議な世界や
神秘的世界を
文化のファンタジーとして、面白がり、
楽しむこと。
そして自分の文化の延長上に、たくさんの人と出会い
つながり
さらにそうではない人とも一緒に生きる。
あゝ、どうでしょう、私は仕事をしたでしょうか・・?
ま、こんなところです。
お・わ・り。


内容はともかく、子役の演技が上手で、
こどもたちはがイキイキとしていました。
さて西郷隆盛については
私の亡くなった父が、
もし西郷が大久保や伊藤のように
ヨーロッパを視察していれば、西郷は
死ななかったかもしれないと言っていたのを
思い出します。
一緒に「西郷どん」を見ていたうちの爺さんは
若者をみすてられなかったのだろう・・・と
言っています。
最近散歩の途中で立ち寄ったツタヤで
おもしろい本をみつけました。
歴史家の磯田道史さんが書いた本で
「司馬遼太郎に学ぶ日本史」NHK出版というのを
買って読みました。
面白くてドンドン読んでしまいました。
この本を読むと、
司馬さんは、西郷は壊しやであったが、維新後、
日本の国をどう造り変えるかの青写真、ビジョンを
もっていなかったと書いているらしいのです。
当時新しい国家としてのビジョンを持っていたのは、
坂本竜馬だけで、
大久保や伊藤はヨーロッパの真似をしながら、それを
掴もうとしたらしいのです。
維新の前の徳川幕藩体制というのは
封建的領主の集合体であり、
日本という国家の体を為しておらず、
西欧の市民国家に対抗するためには
急速に市民国家としての日本を作り上げる必要がありました。
それが富国強兵という国民の軍隊をもった中央集権の国家です。
それまでの民衆は、徳川の将軍様は知っていても
天子さまである天皇のことなどほとんど知りませんでした。
その頃の民衆の意識は、
それぞれの藩の下に農業を母体にした社会を武士が管理した
社会意識であり、
藩はそれぞれ自立した経済をむすびつつ
徳川の下でネットワークされていました。
しかしその天子様、天皇を頭に抱き立憲君主制の国家に
日本を書き換え、さらに西欧に追いつくまでには
大変な変容が必要です
その大変な社会造りと文化変革を、
短時間のうちに日本は驚異的に成し遂げました。
なぜ日本はその急速な変化を成し遂げられたのかというと
それは日本の藩が、
それぞれの支配のフレームの中で、
多様性を以て自立していたからです。
藩は、それぞれの風土や、歴史の特殊のもと、
自国(藩)特有の経済基盤と文化を発足させながら
藩を経営して生きのびてきました。
※現在のように中央からの補助金や助成金なんかに
依存していなかったということです。
だから藩経営の、それそれの有用性にもとづいて、
個性的で有能な人材が育てられていたということです。
その多様性と自立性の中から
明治政府は、
政治を担う個性豊かでかつ、
優秀な頭脳の人材を
藩から獲得できたからだと司馬さんは書いているのです。
さしたる青写真もないまま、
明治政府が
曲がりなりにも国家として成功したのは
江戸時代の遺産があっかからで、
その遺産とは、
300余の藩の多様性が無形の遺産となったと
いうことです。
その中でも最大の遺産は、各藩にいた人材で
各藩の若く優秀な人材が、
今度は藩のためではなく、天皇の下に
新しい国家をつくるために集められ、
そこでお互いが反応し合い、化学変化を起こしながら
明治の日本という国を造っていったとのことでした。
やはりそうか~と私は思います。
さらに一般民衆も
勤勉さや正直さを持ち
感度よく、これからの日本のイメージを察し
新しい未来を予兆しながら、
全員参加という形で明治の日本ができあがったということです。
明治はそういう意気と息吹きに燃えた日本でもあったのですね。
しかし、それが大正から昭和へ、
そして世界へと進出していくのですが、
日清戦争、日露戦争での勝利で慢心し、更に
欧米を優先し、逆に植民地にされていたアジアを見下す
傲慢の中、
第一次世界大戦、そして第二次世界大戦と驀進していきました。
そのギンギンのグローバル意識で欧米諸国に対抗する中。
●天皇の統帥権を傘に、軍が権力を持ち始めます。
議会政治が骨を抜かれ、政治も超えて、
すべてが軍へと一極化されてゆき、
日本は狂気の国へと走りだしていきました。
この狂気のことを司馬さんは<鬼胎>といい
その始まりは明治であったと書いています。
明治の軍国主義、富国強兵、すなわち<軍隊による強い国>が
最終的は狂気の中へと突っ走っていったということです。
そこには、うかうかと欧米諸国に憧れ、幻想化した
非リアリストの日本と日本人がいます。
さらに物事を合理的にみることができず、
曖昧のまま、あたかもそれが良いことのように思いこんでいる
非現実的な「天皇の軍隊は無敵であり、神風が吹く」などという、
非合理を平気でまかり通してしまいました。
ふたたび現代へと話を戻すと、
昭和から平成を経て、日本はまた大きな変容の時を迎えています。
それはIT情報化時代とAIの時代です。
IT情報化時代は、あっという間に
日本や世界を席捲していきました。
私の正直な感想は、あっという間にやられた!という感じです。
あっという間に私たちはコンピューターと携帯電話を
さも、当たり前のように使う時代になってしまいました。
さらにコンピューターの導入で、
科学技術の革命的進歩が脳の解析を進める中
あっという間にAIの時代にも入りそうです。
しかし、どうでしょう、このITやAIの時代がどうなるかの
●青写真を私たちはもっているのでしょうか?
このITやAIの時代を経営できる能力を
私たちはもっているだろうか?
逆にITやAIに使われてしまうことは
ないのだろうか・・???
グローバル経済と金融経済そして、
TIとAIの時代は一体どうなっていくのだろう?
誰かこの先の青写写真やビジョンを、
もっているのだろうか?
私にもわかりません。
私にもわかりませんが、
私が夢うつつの中で
「何かに連れて行かれそうになる不安がある」
それに、どう対処したらいいのか・・?
とおぼろに考える中
うっすらみえて来たのが、
日本の中に今、既に現象化している
二つの大きな潮流でした。
ひとつは世界のトップを走っているAIの研究とAI産業です。
もう一つは<コミケ>を中心に地下水道のように流れている
漫画やアニメや小説や映画などの
日本のサブカルチャーの世界です。
AIはいずれは、人工知能の技術的応用だけではなく
脳とはいかなるものか、ということが広汎に理解されてゆく可能性が
あります。
その脳の世界、つまりパンドラの箱を開けたとき、
人間は様々な思い込や幻想の正体を知らねばならなくなります。
それまで幻想として依存していたことやものから
醒める必要を突き付けられるでしょう。
そういう非合理イメージには、
依存できなくなります。
それは、現実をしっかり直視し、
冷厳な事実を受け入れ、
自分の孤立や孤独を引き受け、
そしてひとりひとりが、
自立することです。
自立して生きる気概こそが、自分の不安を払拭するのです。
司馬さんは自己を確立せよと言っています。
その自己をいかに確立するかは
単に意識でそう思うのではなく、
今まで自分が築いて来た文化を
しっかりと検証した、総括したうえで、認識し、自覚すること。
つまり自分を見つめ、自分を相対化し、
自分の足元にある、確実なこと(自分が実感的に掴んできたこと。)を
認識したうえで自己肯定の自覚を持つことです。
自分とはいったいこれまでの人生で何を蓄積してきたか。
自分にとって何が大切で、何が不要であるか。
それを時流や流行に流れずにしっかり
自覚認識することです。
私流にいえば、自己肯定を不動のものにする!
そしてそれを国家に例えれば
日本という国がこれまでの歴史と伝統と文化の中で
何をアイデンティティーとして生きのびて来たか、
日本人は、何を指標にして生きてきたかです。
それは決して欧米諸国のように
・・・・ファーストではないはずです。
日本は、本来独自の文化の下に
多様性を重んじ、お互いがうまいこと共存してきました。
その中から優れた人材を輩出し、さらに
他者と一緒に生きることを良しとした国です。
スキさえあれば、他国を侵略しようとなど
思いもしなかった国です。
ただ、欠けていたのが、
竜馬がもっていたような
●現実に対するリアリティーと
●合理的な視点です。
夢から覚めて、しっかりと現実を直視する。
さらに
依存や甘えを厳しく取り除き、
自分がどうしたら、自由でイキイキと生きれるか?
どういう社会であったらそれが可能であるか?
私はまずは、日本の国内の
それぞれの地方が
中央集権の一極的な支配から自立し
それぞれの地方が自力の経済力を駆使して
豊かな地方文化と経済を取り戻すことだと
思います。
それは政府や中央に依存するのではなく、
苦しいけど自立した地方都市が
独自に自分達を啓蒙し、経済基盤を開発し、
その●民力を蘇らせることです。
その一方で、年に2回、60~70万人もの若者達が集合し、
コアな文化を交流しつつ、60億から70億の経済効果を産む
コミケのように、
●日本の独自文化をしっかり確立することであると思います。
そしてそのモデルをもう日本は持っている。
まだまだ内的に向いているこの若者達のサブカルチャー文化が
世界へと向きを変えた時、すごい爆発力があると思います。
そしてコミケの若者達の底流には
エゴを厳しく自省する、清新なものが流れています。
このことも、日本ならではの素晴らしい原風景的意識です。
さて、
私の中にひろがる
だだっ広い景色をどのように書いたらいいだろうかと
始めは思案しましたが
なんとか書けたように思います。
しかし、まだ大ざっぽであり、
細部にいたっては、これからの補足が必要だと思いますので、
それも少しずる書いていけたらと思います。
今から30年くらい前、これからは脳の時代が来ると思い、
以来大して良くもない頭を駆使しながら
手当たり次第脳の事に関する本を読んできました。
そしておそらく心理ということも
脳のシステムから説明がつくようになるのではないかと
思い始めた頃、あのオウム真理教の事件が起きました。
あゝこれはなんとしても、私なりの言葉で
脳と心のことを伝えていかねばとおもい、
そうしてこのブログ書いてきました。
そうする中で私も歳をとりました。
そして最後に何をするかを考える中、
私の仕事とは、私が70年の歳月で得たことを
言葉にして伝えることだと思いました。
だから新しい年を迎えて「私の仕事」というタイトルで
書き始めたのです。
しっかりとした理性と知性の目をもつこと。
希望的観測や、幻想や妄想を払拭した
リアルな厳しさで
現実を解析すること。
さらに
自分にとって、不要な思い込みや世間的通念をすてて、
しっかり理屈にあった考察をすること。
その時、観念的理屈に囚われず、
狭心にはならず、広く大きく、そして
ファンタジーの世界も包み込んでいくこと。
ファンタジーとは、
今だ解明されていない不思議な世界や
神秘的世界を
文化のファンタジーとして、面白がり、
楽しむこと。
そして自分の文化の延長上に、たくさんの人と出会い
つながり
さらにそうではない人とも一緒に生きる。
あゝ、どうでしょう、私は仕事をしたでしょうか・・?
ま、こんなところです。
お・わ・り。


by denshinbashira
| 2018-01-14 08:15
| 私の仕事
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