古い頭、新しい頭・・?その6 |
明快さを感じたことはない。
何がというと、
頭の使い方が、明快なのです。
私の癖は、本を読みながらも
一方で著者や小説の登場人物などを心理分析してしまうのだが、
たいがいの人間はその裏側にドブのような暗部というか
翳があり、
そこを明らかにしないと、なかなか全体像がつかめない。
例えば今直木賞で話題の宮沢賢治などは、
神格化までされて、信者がわんさかいるが、
実は、甘ったれで世間知らずで敗北した賢治がいるにもかかわらず、
彼の言葉の中にある、感傷性やロマンや幻想を
才能と勘違いしている人は惹かれてしまう
(確かにそれも才能にはまちがいないが。)
しかし、賢治は実際には<何も、結果を出していない>のである。
ただその敗北の心情や、言葉の巧みさの才能に、
私も溺れたし…笑、そういう人達がワンサカいる。
それは密の味でもあるからね。
ここに、凡庸な人と非凡な人の別れ道がある。
私自身も含めて、
凡庸は人は賢治に引力されてしまうのですよ。
しかし大村益次郎は本物の非凡な人間です。
だから、彼の姿明瞭であり、明確であり、
清々しいのです。
※私は皆さんに非凡な人間になってほしい!
大きな成功を望まないでも、
自分の才能を生かしていきてほしい。
司馬さんの描いている大村益次郎は、
自分の頭を明瞭に駆使してその才能をそだて、
明治という時代のはじまりを作り出しました。(結果をだした。)
その益次郎の脳の中はどうであったかを書いてみます。
益次郎は蘭学の医者であるにもかかわらず、
幕末の長州征伐の時に忽然と顕われ、幕府軍を制圧しました。
益次郎を軍師に登用したのは桂小五郎(木戸孝允)です。
注目すべきは、この時益次郎が15万の幕府軍に対して、
3500の長州軍でも勝てる、と確信して桂に告げていたことです。
その理由は、
・官僚秩序の老化した幕府軍は、そのお屋台が古びに古びている。
・そういう組織は天才をはじきだしてしまう。
・現に天才のひとりである、勝海舟は当時はじき出されてしまっている。
・幕府軍をみるかぎり、精神のはつらつたる器量人などひとりもおらず、
・たとえそういうことを言う補佐的な才物がいても
・その意見はかならず、愚論に圧殺される。
だから、
・結局は常識的な成功法を取るにきまっている。
と蔵六(益次郎)は考えており、それを桂に伝えたのです。
つまり、益次郎の目には、はっきりと幕府軍の
頭の古さと、それによる硬直した軍隊の脆弱さ
それを指揮する人間が、
調整型の無能な人間ばかりであることが、見えていたと、
いうことです。
だから勝つに決まっているのです。
そういう慧眼を益次郎がもっていたことです。
なぜ彼の目に、それがみえていたのかというと。
まずは彼が医者になるために蘭学を勉強していたことでしょう。
当時、西洋からの情報はオランダからしか入ってきませんでしたから、
西洋医学を勉強するには、
まずオランダ語をマスターすることが必携です。
益次郎はその蘭学の医学を入り口に、
様々な西洋の文化に触れていきます。
オランダ語をマスターしてしまうと、今度は、
西欧列強から開国を迫られていた当時の状況からして、
それに対抗すべく、医学だけではなく、
それまでの日本にはない、
西洋の様々な文化や技術も翻訳していきます。
そういう中で益次郎は,
西欧的合理性に目覚めたのかもしれません。
西洋兵学の戦略や戦術と共に、
軍艦の造船技術や操縦技術、
銃や大砲及び砲台の製造技術などなども
自然の成り行きで彼が習得していきます。
さらに宇和島藩で、
西洋兵学・蘭学の翻訳とその講義や、
あげくには、藩から頼まれて、
砲台を築く仕事をまで、こなしてしまいます。
同時進行に幕府でも外交文書、洋書翻訳や兵学講義をします。
その後、時が来たと、益次郎は、長州へと帰りますが、
その時、わざわざ遠回りをしてまで、桂小五郎に会いにいきます。
自分の能力をアピールしたのだと思います。
彼が長州の軍師として当用されるまでのやく二十数年間、
彼は西欧の文化を吸収しつつ、そしてその頭の中には
新しい西欧文化に基づいたビジョンが着々とイメージ化されていたと
私は思います。
後は実践があるのみ!
彼の頭の中には、
新しい市民社会の国家がイメージができていたと同時に
古い土着的封建制の幕府を倒幕して革命を起こさねば、という
シナリオも描かれていたと思います。
そしてもしかしたらそれは、薩長が描く倒幕後の青写真より、
もっと近代的な市民国家をイメージしたいたのかもしれません。
だからこそ、益次郎は薩摩を背景にした西郷を無能者として見、
対立したのかもしれません。
益次郎は戦争を●技術のレベルで測っていきます。
それは科学の眼であり、
数学と物理と心理学をも駆使した
新しい戦争技術です。
300年の幕藩体制下で鬱屈する人間の地下エネルギーに、
いかに火をつけ、
新しい世界への創造的エネルギーに転化していくかであり。
それを司馬さんが中国の花咲爺になぞらえて
「花神」というタイトルにしました。
日本を植民地にしようと企む西欧列強に対抗しうる、
市民軍という構想の、
いわゆる身分制をぶち抜いた軍を創り、
西欧兵学を応用した訓練を施して、育てようとしました。
当時、同じように西洋に覚醒した人間は他にもいますが、
なぜか、益次郎だけが、突出した才能を発揮します。
彼がどのようにしてそこに到達していたのかには、
注目すべき要素があります。
それこそが益次郎の<頭の中>で、
何がどのように進行していたかでしょう。
前回も書きましたが、益次郎は、
もしかしたら、アスペルガー症候群か、
発達障害の脳であったかもしれません。
彼は他人にはあまり関心をしめしません。
だからおよそ他者の心を斟酌するとか忖度するなどは
ありえず、
彼がまだ若造の医者の頃、道であった村人が
「今日は寒いですね~」といっても
「冬は寒いのが当たり前です。」というように返礼してしまうのです。
まあ、愛想がないというか、かなり、変人です。
でも、それは益次郎という人が
普通の人のような、
他者との関係の世界に生きてはいない、ということでも、
あります。
理屈でいうと当たり前のことを、ことさらいう必要はないし、
自分は、そういう世俗的な挨拶や、
どっちに転んでもいいことには
神経もエネルギーも使わない・・・ということです。
逆に世俗的な人は、そういうことの方に
神経やエネルギーをつかい、
どっちに転んでもいいような話を真剣にしてしまいます。
実は、私も
今自分が<集中して頭の中で考えている>ことや
<頭の中に抱え込んで思考していること>を
そういう世俗的なことで、
集中をそがれたり、
妨げられたりしたくないです。
そういうことにエネルギーをつかいたくないですので、
だから、なるべく、そういう人とはかかわらないようにし、
さらに、そういう話題には入らないようにしています。
から、
私は益次郎のことがよくわかります…笑
益次郎は、必要のない人や、
無駄な事や、無駄な人間関係には
ほとんど関心を向けないのです。
その反対に、
今自分が注目していることや
自分にとって最優先のことに
神経やエネルギーを使っていきます。
その集中力とエネルギーこそが才能をそだてるのです。
その時彼が意識を向けているのは、
自分のエゴや感情ではなく、
勿論、欲や、利益でもありません。
彼はまったく無心です。
それは彼が展開している自分の<知の世界>のことであり、
興味深い学問や知識や
その実践の事で頭がいっぱいなのです。
とても頭が充実しています。
当時まだまだ科学も化学も後進的な日本の中で
西洋の科学の世界がもう、
星のように溢れている。
その溢れるものをひとつでも、掴みたいという
向学心に燃えている時、
それ以外のことも物も人も、いらないのです。
そこには自分が成長する喜びやあります。
皆さんだってそうでしょ!
ここに才能を開き磨いていくことのヒントがあります。
たいがいの人は、自分の才能を、
・よけいな世事や
・世俗的なことに迎合することで、
・散らかしたり、
・薄めたり、
・中和したりしてしまいます。(勿体ないですね~。)
まあ益次郎ほど極端でなくともいいですから、
自分を生かすにも、守るにも、
●そこの線引きをしていない人は、
頭の中がどんどん団子状態になっていきます。
線引きをきちんと意識で設備していない人は
ドンドン他者や世間が介入してきて、
自分の頭の中は団子状態になり、
自分という人間を明確に、クリア~に
意識化することができません。
まあ、ほとんどの人はそういう状態でしょう。
益次郎という人は蘭学を入り口に、
自分のもっとも興味と関心のあることへと
まっしぐらに突き進んでいきます。
それ以外のことは
どうでもいいのです。
だから、いつも風体は、百姓の医者時代のままで、
※江戸時代に医者は百姓と同じくらいの身分であったらしいです。
それは出世した戊辰戦争の時でも、
百姓の被る笠と粗末な着物のまま司令をだしていたらしいです。
彼にとってこの世の虚勢的なことは
どうでもいいのです。
益次郎にとって、西洋知識から見える風景や世界で
自分に何が出来うるか、こそが重要で
それ以外のことは、頭から切り捨てていたと思います。
だからこそ、
幕府軍の後進性や古い官僚体質が
新しい息吹の才能を愚論で押しつぶしてしまうこと。
そこには到底、才能もエネルギーも花咲かないで
自滅していくであろうと
ハッキリみえていたのです。
その幕府軍の体質こそ、当時のほとんどの武士世間の意識であり、
逆に益次郎により目から鱗の人間たちは
新しいビジョンを与えられ、
エネルギーが湧いてきたのだと思います。
それも、武士ではなく、
これまでの身分社会の中で、
耐えてきた農民や庶民の中からです。
もうひとつ益次郎の大きな才能は
●他者や社会を幻想化しないということです。
人間はともすると、自分をさておいて
他者や世の中を幻想化してしまいます。
その時起きる●脳現象が、
他者や世の中が、まるで、
●自分と同じであるかような思い込みや錯覚をしてしまうと
いうことです。
そこには、その人間の願望や依存や期待や甘えがあり、それゆえに
他者や世の中を自分に同化してしまうのです。
その部分においても、益次郎は、冷めています。
他者に対しても
世の中にたいしても、
ひんやりとしており、
幻想をとり除いた、もっともリアルな目でみています。
それは言い方を変えると、
すべてを平等にみているということでも
あります。
さらにそれらを現象としてみ、計算します。l
まあ、物理の目とでもいいましょうか、
人間や社会をエネルギーの数値化した計算でみていくのです。
益次郎のそういう才能は、
江戸の彰義隊との戦で、発揮されましたね。
長州征伐の時もそうですが、
彼は、
人間は幻想を抱くが、しかし現実に対しては
無意識に現実的であり、
意識や思想だけでは、動かないことを
知っているのです。
※もしこのことを吉田松陰が気づいていたら、
彼はもっと慎重に戦略的に動いて
殺されずにすんだかもしれません。
現に長州征伐の幕府軍において、
本気で長州と戦争をやり合おうなどと兵隊が思っていたかどうか。
ほとんどの藩は、冷めた目で成り行きをみていましたし、
私が若い頃に読んだ長州征伐の幕府軍の士官の日記では、
長州征伐にゆく旅が、
まるで物見遊山のような気分であることが書かれていました。
幕府軍は益次郎が指揮する長州軍をナメていましたし、
ただ勝海舟だけは、
「長州に大村がいては、とても勝ち目がない」と
言っていました。
人間が動くとしたら、その足元を物理的に
揺すぶるしかない。
自分の足元がゆすぶられ、地震がおきる危機が来た時、
はじめて、
人は、ぞろぞろと動き出す。
その時、それを超えよう、或は、克服できるような
ビジョンが浮かぶと、人はエネルギー発火していく。
ということを分かっていたのでしょう。
司馬さんも書いておられます。
変革期というのは、最初に思想家が現れる。
この時は吉田松陰などがそうでしょう。
次に現れるのが戦略家で、高杉晋作や西郷隆盛のような存在。
そして最後に登場するのが、技術者であり、この場合は
科学技術や法制技術や軍事技術であると
いう風にです。
最初に現れるのが、
1、現状の矛盾や不公平や後進性を訴える者、
次が
2、戦略的に、地震を起こしてゆく策謀の者
そして
最後は
3、技術でカタが着く。
1や2の人間たちにはまだ、人間への甘い幻想があります。
西郷や高杉にはまだロマンがありますが
しかし3の人間となると、そこには現実しかありません。
反対に
3の人間には現実の関係性とその構造がしっかりと見えています。
だからこそ、現実を物理的に変えるという発想が浮かぶのです。
こう書いてゆくと、3の人間はいかにも、人間を物のように扱う
冷淡な人間のようにも思えますが、
しかし、そうではないのです。
益次郎はその冷めた目で、幻想を取っ払って
人間をみていたと思います。
それは優しい目です。
だからこそ、
封建制を脱した市民国家の、
<システム>を
どのようにすれば、
列強諸国の圧力を凌いで、
日本がこの先も、
皆で生きのびて行けるかを
考えていたのではないかと思います。
人間は安易には動かない、
思想や意識で鼓舞しても世の中は動かない。
だからこそ、変革には、冷たいほどにひんやりした、
冷静なリアルな目が必要なのです。
そのリアルな目こそ、
●才能にとってとても重要なことだと
私は考えます。
物事をごまかさずに、
そのままを、
ひんやりとした温度で見る。
自分の都合や期待や願望や依存をすべて
払拭して、
ただ、
アリのままを見て、受け入れる。
その時、
ものごとの骨格や姿が
明瞭に明確に見えるのです。
ものごとを適格に捉えるからこそ、
そこから何をどのようにすればいいかがわかり、
始まります。
さて、そういう、キラキラした才能の益次郎は
明治2年に暗殺されてしまいます。
誰が暗殺したのか。
暗殺者の頭の中に何があったかを
次回書きます。
それがこのシリーズ「古い頭、新しい頭」の
最終的な答えになります。



