2018年 02月 18日
羽生君、おめでとう! |
羽生君のショートプグラム、素晴らしいかったですね。
まあ、金メダルとか銀メダルとかそんなものは
どうでもいいです。
ただ、ショートプログラムで、
彼がプレーする瞬間が
見事でした。
※私はフリーはみていませんので、それについては
分かりません。
私は、見るともなく、
偶然テレビで彼がプレイするところを見たのですが、
演技のために氷上に立っていた羽生君は
全てを諦めたように
全身の力がすっかりぬけていましたね。
※諦めたというのは、
自分の●意識的力でコントロールすることを諦めて、
自分の体にまかせたということです。
だから意識は溶解し、
頭の力も顔の力も体の力もすべてが
彼の足もとのエッジへと落ち、そこに重心がありました。
そして、
ショパンのバラードが始まるとともに、
彼の全部が見事にスケートのエッジに乗っかって、
エネルギーが流れ始めました。
その瞬間に私は、これはいくわ!
思いました。
彼のすべてがスケートの足元の一点へと
集約されて、それは、
点のエネルギーから
線のエネルギーへと流れていきました。
それは最後まで線としてのエネルギーがブレることなく
最後の一点へと集中を持続させて終わりました。
人間が何かを究めていくと、
ある瞬間、神がかってしまう時があります。
つまりすべてのことが
<全機現>として現象化することがあるのです。
※<全機現>とは、自分の内部と外界とが
同時に現象化しているということです。
しかしそれも、一瞬のことです。
そして、それが持続するということは、とても難しいです。
その時はできても、それはほんとに一瞬で
次にも同じようにやろうとしても、できません。
わかりやすく言うと、
あの時羽生君は、
意識が消えて、
無意識そのものの存在になったのではないかと
思います。
彼の意識は足の裏にあるエッジに集約されていき、
最終的には、
その意識すら消えて、
存在が一瞬、無意識そのものになる。
自分とその周囲の世界、宇宙もふくめて
存在全部が一体化して、ひとつに現象化する。
つまり小さなフロー状態がおきたのではないかと
思います。
これは、特別の人だけがそうなるのではありません。
ただ、そうなるためには
自分が<無心>にならなければなりません。
その<無心>になるということが
難しいのです。
欲をすて、意識をすて、ただひたすら、
それまでの自分の今に
任せる。
徹頭徹尾そこには
自分への信頼が、その存在を蔽い尽している。
それが難しいのです。
なかなか誰にでもできることではありません。
しかしなにかを極めつくしていくうちに
自分の外的世界と自分への信頼が一体化した創発が起きる。
例えば、名人の技術を持つという人など、
そういうところへと辿り着いている人だと思いいます。
そうなると、もう体にまかせた瞬間、持続的に
その技術が再現されて行きます。
ただね、私たちは、実はいつもそういう無意識で
生きているのです。
つまり私たちは生きることの名人なのです・・・が、
そこによけいなものが入った瞬間から、
無心ではなくなり、同時に名人ではなくなるのです。
迷人になるのかな!
面白ね。
羽生君、おめでとう!


まあ、金メダルとか銀メダルとかそんなものは
どうでもいいです。
ただ、ショートプログラムで、
彼がプレーする瞬間が
見事でした。
※私はフリーはみていませんので、それについては
分かりません。
私は、見るともなく、
偶然テレビで彼がプレイするところを見たのですが、
演技のために氷上に立っていた羽生君は
全てを諦めたように
全身の力がすっかりぬけていましたね。
※諦めたというのは、
自分の●意識的力でコントロールすることを諦めて、
自分の体にまかせたということです。
だから意識は溶解し、
頭の力も顔の力も体の力もすべてが
彼の足もとのエッジへと落ち、そこに重心がありました。
そして、
ショパンのバラードが始まるとともに、
彼の全部が見事にスケートのエッジに乗っかって、
エネルギーが流れ始めました。
その瞬間に私は、これはいくわ!
思いました。
彼のすべてがスケートの足元の一点へと
集約されて、それは、
点のエネルギーから
線のエネルギーへと流れていきました。
それは最後まで線としてのエネルギーがブレることなく
最後の一点へと集中を持続させて終わりました。
人間が何かを究めていくと、
ある瞬間、神がかってしまう時があります。
つまりすべてのことが
<全機現>として現象化することがあるのです。
※<全機現>とは、自分の内部と外界とが
同時に現象化しているということです。
しかしそれも、一瞬のことです。
そして、それが持続するということは、とても難しいです。
その時はできても、それはほんとに一瞬で
次にも同じようにやろうとしても、できません。
わかりやすく言うと、
あの時羽生君は、
意識が消えて、
無意識そのものの存在になったのではないかと
思います。
彼の意識は足の裏にあるエッジに集約されていき、
最終的には、
その意識すら消えて、
存在が一瞬、無意識そのものになる。
自分とその周囲の世界、宇宙もふくめて
存在全部が一体化して、ひとつに現象化する。
つまり小さなフロー状態がおきたのではないかと
思います。
これは、特別の人だけがそうなるのではありません。
ただ、そうなるためには
自分が<無心>にならなければなりません。
その<無心>になるということが
難しいのです。
欲をすて、意識をすて、ただひたすら、
それまでの自分の今に
任せる。
徹頭徹尾そこには
自分への信頼が、その存在を蔽い尽している。
それが難しいのです。
なかなか誰にでもできることではありません。
しかしなにかを極めつくしていくうちに
自分の外的世界と自分への信頼が一体化した創発が起きる。
例えば、名人の技術を持つという人など、
そういうところへと辿り着いている人だと思いいます。
そうなると、もう体にまかせた瞬間、持続的に
その技術が再現されて行きます。
ただね、私たちは、実はいつもそういう無意識で
生きているのです。
つまり私たちは生きることの名人なのです・・・が、
そこによけいなものが入った瞬間から、
無心ではなくなり、同時に名人ではなくなるのです。
迷人になるのかな!
面白ね。
羽生君、おめでとう!


by denshinbashira
| 2018-02-18 11:30
| 風のエッセイ!
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