2018年 05月 01日
まるで神から手渡されたような映画をみた。その2 |
重症心身障害の子供たちは、
一切を受け身でいきているよう見えるが、
しかしそうではない。
子供たちの命はいつも進行し、
そして微かな表情の変化の中に
彼らの主体がちゃんと鎮座している。
目には見えないが
そこに命が確実に息吹いているのだ。
目には見えないが、その内面にある
生きようとする魂と
じ~っと止まって動こうとしない彼らの
筋肉に
先生たちは働きかけていく。
ほんとうに少しずつしか変化しないそれらは、しかし他者が係わることで少しずつ変容をみせてくる。
そこにはたくさんの試行錯誤があるのだが、
その中から少しずつお互いに小さな光がみえてくる。
そして、
見えないけれど
その不自由な体の奥に、
心は傷つけられずにある。
私の眼には
その丸くて、しかし
柔らかいボールのように弾力な心が
見える。
その心と体に向かって、先生たちが働きかける。
それは大変な労力であり、大変な労働でもある。
だから、1年か2年で、先生たちの限界がくる。
それでも、先生たちの努力に、
子供たちに係わる、そのことが尊く、
感謝しかない。
昨日も書きましたが、
重症心身障害の子供の中に
人間の原型と
原型の魂がありました。
あゝ人間の、ここを見ていればいいのだな。
この命の息吹きを見ていればいいのだな、と
もう一度、自分の背骨を
シャンと建て直しました。
この映画に
頭を垂れて、感謝します。

一切を受け身でいきているよう見えるが、
しかしそうではない。
子供たちの命はいつも進行し、
そして微かな表情の変化の中に
彼らの主体がちゃんと鎮座している。
目には見えないが
そこに命が確実に息吹いているのだ。
目には見えないが、その内面にある
生きようとする魂と
じ~っと止まって動こうとしない彼らの
筋肉に
先生たちは働きかけていく。
ほんとうに少しずつしか変化しないそれらは、しかし他者が係わることで少しずつ変容をみせてくる。
そこにはたくさんの試行錯誤があるのだが、
その中から少しずつお互いに小さな光がみえてくる。
そして、
見えないけれど
その不自由な体の奥に、
心は傷つけられずにある。
私の眼には
その丸くて、しかし
柔らかいボールのように弾力な心が
見える。
その心と体に向かって、先生たちが働きかける。
それは大変な労力であり、大変な労働でもある。
だから、1年か2年で、先生たちの限界がくる。
それでも、先生たちの努力に、
子供たちに係わる、そのことが尊く、
感謝しかない。
昨日も書きましたが、
重症心身障害の子供の中に
人間の原型と
原型の魂がありました。
あゝ人間の、ここを見ていればいいのだな。
この命の息吹きを見ていればいいのだな、と
もう一度、自分の背骨を
シャンと建て直しました。
この映画に
頭を垂れて、感謝します。

by denshinbashira
| 2018-05-01 06:33
| 映画の中から自由奔放に読み取ってみよう!
|
Comments(0)

