2018年 05月 31日
日大アメフト部内田監督の脳、その3、負けることで強くなる! |
日大アメフト部の騒動をみていると、
何もかもがまちがっている。
いちばん間違っているのは、
精神的に強くなるとは、
●自分と戦うことで、
他者を攻撃することではない。
そして強くなるとは
勝つことではなく、
●負けることを受け入れることができることです。
強くなるためには
負けることを受け入れるしなやかさこそが
大切で、
そのしなやかさがやがては勝利へと繋がっていく。
つまり、
強くなることとは
自分の頭(脳)が
●客観性を獲得することです。
人間は負けることで、やっと周囲がみえてくる。
周囲が見えてくるということで、関係性が理解できていく。
相手側と自分サイドの関係性がみえ、
状況を瞬時に把握できるという<頭脳>が必要なのではないかな?
スポーツの競技なら、相手チームとの関係性を瞬時に読み、
それに即して瞬時に体が動くということではないかな?
私はスポーツにはまったく疎いので、よくわからないが・・・。
勝つことばかりに執着するのは、やはり脳の病理だと
私は思う。
病理の脳は負けた自分をうけいれられない。
負けたり勝ったりという体験をしながら、
脳は複雑に進化し、さらに
広範な知識と判断力を得ていく。
そのためには、
勝つばかりじゃ、何も得られない!
ただ、今回のこと、日大だけでない。
この国は、異常に勝つことが好きではないだろうか。
人間は動物だからね、
攻撃する衝動を本能的にもっている。
だからそれが抑圧されてしまうと、どこかでそのエネルギーを
発散したい欲望に駆られてしまう。
その欲望を発散するのが、攻撃的なスポーツであり、
そういうことを代理してくれるスポーツを見て、
民衆は自分の中に溜まった攻撃のフラストレーションを発散する。
その時、自分たちが勝つとスッとする。
そういう快感がある。
それが行き過ぎてしまうと、常に勝つことばかりを
求めるようになる。
でも、それは、自分の攻撃力を克服することにはならない。
逆に攻撃する快感に呑みこまれ、人格が
乗っ取られていく
最初に戻ろう。
人間が精神的に強くなるのは、
負けるということを、受け入れられること。
そしてこれもオカシイな~と思うのは、
大学というのは教育機関ではなく、
●研究機関である。
公教育を卒業した青年たちが
目的とする学問を
●研究するのが大学です。
大学に対する
思います。
最後に言いたいことは、
攻撃のフラストレーションを
政治的に利用したのがヒトラーであり、
ファシストたちです。
攻撃のフラストレーションは
いとも簡単にマインドコントールされ、
ファシズムへと驀進していく。
勝つことに熱狂しないこと。
負けることこそ、

何もかもがまちがっている。
いちばん間違っているのは、
精神的に強くなるとは、
●自分と戦うことで、
他者を攻撃することではない。
そして強くなるとは
勝つことではなく、
●負けることを受け入れることができることです。
強くなるためには
負けることを受け入れるしなやかさこそが
大切で、
そのしなやかさがやがては勝利へと繋がっていく。
つまり、
強くなることとは
自分の頭(脳)が
●客観性を獲得することです。
人間は負けることで、やっと周囲がみえてくる。
周囲が見えてくるということで、関係性が理解できていく。
相手側と自分サイドの関係性がみえ、
状況を瞬時に把握できるという<頭脳>が必要なのではないかな?
スポーツの競技なら、相手チームとの関係性を瞬時に読み、
それに即して瞬時に体が動くということではないかな?
私はスポーツにはまったく疎いので、よくわからないが・・・。
勝つことばかりに執着するのは、やはり脳の病理だと
私は思う。
病理の脳は負けた自分をうけいれられない。
負けたり勝ったりという体験をしながら、
脳は複雑に進化し、さらに
広範な知識と判断力を得ていく。
そのためには、
勝つばかりじゃ、何も得られない!
ただ、今回のこと、日大だけでない。
この国は、異常に勝つことが好きではないだろうか。
オリンピックに対するの国民の熱狂をみていて、私はいつもそう思う。
人間は動物だからね、
攻撃する衝動を本能的にもっている。
だからそれが抑圧されてしまうと、どこかでそのエネルギーを
発散したい欲望に駆られてしまう。
その欲望を発散するのが、攻撃的なスポーツであり、
そういうことを代理してくれるスポーツを見て、
民衆は自分の中に溜まった攻撃のフラストレーションを発散する。
その時、自分たちが勝つとスッとする。
そういう快感がある。
それが行き過ぎてしまうと、常に勝つことばかりを
求めるようになる。
でも、それは、自分の攻撃力を克服することにはならない。
逆に攻撃する快感に呑みこまれ、人格が
乗っ取られていく
最初に戻ろう。
人間が精神的に強くなるのは、
負けるということを、受け入れられること。
そしてこれもオカシイな~と思うのは、
大学というのは教育機関ではなく、
●研究機関である。
公教育を卒業した青年たちが
大人として、さらに自分の意志において、
目的とする学問を
●研究するのが大学です。
そこにあるのは自立の精神であり、
指導者に盲従することではない。
大学に対する
そういう基本的な認識すら、
昨今は失なわれてきているのかな~と
思います。
最後に言いたいことは、
攻撃のフラストレーションを
政治的に利用したのがヒトラーであり、
ファシストたちです。
攻撃のフラストレーションは
いとも簡単にマインドコントールされ、
ファシズムへと驀進していく。
勝つことに熱狂しないこと。
負けることこそ、
その先に人間的成熟があると
思います。

これもクレマティス!!
by denshinbashira
| 2018-05-31 06:46
| カウンセリングノート
|
Comments(2)
大変ご無沙汰しております。
私の疑問にすっきりと答えをいただけた!と感じました。
あちらこちらから大学スポーツは教育の一環とのコメント、中には「生徒」がかわいそうとの言葉が出たりして、違和感を感じていました。
大学生にもなって、生徒?自分で判断ができないような「子供」ばっかりなのか!?と。
「自己の責任」で「相手を傷つけない」という判断ができるような大人になっていて欲しかったと、強く思いました。
私の疑問にすっきりと答えをいただけた!と感じました。
あちらこちらから大学スポーツは教育の一環とのコメント、中には「生徒」がかわいそうとの言葉が出たりして、違和感を感じていました。
大学生にもなって、生徒?自分で判断ができないような「子供」ばっかりなのか!?と。
「自己の責任」で「相手を傷つけない」という判断ができるような大人になっていて欲しかったと、強く思いました。
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tenchanmama様 お久しぶりです。その通りですね。大学は本来研究するところであり、大人としての場です。そして部活動というのも、あくまでも余技であり、それが本末転倒しています。しかしどうも世の中はそういうことすら知らないようで、まるで高校の延長のような扱いです。困ったもんです。

