宮沢賢治と保阪嘉内の真相、銀河鉄道のイメージは嘉内から・・! |
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宮沢賢治と保阪嘉内のことを書いた記事に対しての
アクセスです。
とうとうこういう時代がきたかぁ~と思いますよ。
つまり求道の人、自己犠牲の人として祀り上げられ、
神格化されていた賢治が、
実は、自分の生き方を求めて彷徨う、
普通の青年と、何ら変わりがない人間である、という事が、
やっと受け入れられる時代になったということです。
私は最初「銀河鉄道の夜」を読んだ時、とても暗い気持ちにさせられました。
これは賢治の絶望を書いていると思いました。
さらに「グスコーブドリの伝記」に至っては、
なんとしらじらしい童話だな~と
思いましたよ。
そして
このふたつの作品の狭間に、
本当の賢治がいると思いました。
いったいほんとうの賢治、
人間らしい賢治はどこにいるんだろうと思い、
以来手当たり次第に賢治の作品を読みました。
そしたらね、いたんですよ。だから、そのことを
本に書きました・・・・・「拝啓宮沢賢治様」
ほんとうの賢治はね、
思い込みが激しく、
裕福な家のボンボンとして、世間知らずで、
だからこそ、メシア症候群に陥りました。
※メイサ症候群とは民衆救済の自己幻想をもった心理的病理です。
しかし、青年が陥りやすい理想主義なんて、ごく当たり前のことです。
賢治は当時の中でも、たくさんの本を読み、
頭の中はインテリの観念で埋まっていましたからね。
そしてアクセスしてくれた皆さんの知りたい事として
銀河鉄道のイメージを賢治にもたらしたのは、
保阪嘉内です。
さらに<修羅>という言葉を賢治に教えたのも
保阪嘉内です。
さらに「風の又三郎」のヒントを与えたのも
保阪嘉内です。
ふたりは<盛岡高等農林>での
大親友です。
もちベタベタに引っついていました。
つまり共依存関係でね。
ふたりともが、
トルストイや西洋の社会思想にかぶれていました。
そして彼らの同人誌「アザリア」に、
嘉内がうっかり
「今だ。今だ。帝室を覆すの時は。ナイヒリズム」と書いてしまいました。
つまり帝室(天皇制政治)をくつがえすのはニヒリズムだと、書いたのです。
でもね、お分かりのようにニヒリズムの何たるかも、よくわかっていない
青年の勇み足にすぎないのですよ。
うっかり、しったかぶりで、
書いちゃんったんですよ。
しかし当時ロシアで社会主義革命が起きていましたから、
もう学校当局は青くなって、
すぐ嘉内を処分(退学)したのですね。
嘉内が盛岡農林を去ってから、賢治は
いよいよ「法華経」にハマっていきます。
厳密にいうなら、田中智学の提唱する<国柱会>の、
革命的法華経の世界にハマったのですね。
世間知らずの賢治は一途に突っ走っていくのですね。
そして自分だけではなく、嘉内をも
「国柱会」へと連れ込もうとするのですが
拒否されます。
この頃の嘉内は退学事件のあと、
現実に冷め始めていましたから、
賢治の誘いには乗らず、おそらく親友として
賢治の燃えたぎる情熱に水をかけたかもしれません。
激しい議論の末に、
ふたりはものわかれのまま
別れました。
まあ、理想の志に燃える青年なら
だれにもありうる青春の一コマですよ。
それから嘉内は故郷で農業指導者としての道を歩み始めます。
そして賢治は皆さんの知る通り、
稗貫農学校の教員となります。
ただね、断っておきますが、
保阪嘉内から、たくさんのヒントやインスピレーションを
賢治は貰いました。
しかし、それを具体的に作品として創作したのは
賢治です。
ヒントやインスピレーションをもらったけれど、
「銀河鉄道の夜」も「風の又三郎」もそして
詩「春と修羅」も
まぎれもなく、賢治が、
賢治の言葉で創出した作品世界です。
ただ残念なことに、
あの強烈な「雨ニモマケズ」の詩が
賢治が死んだあと発見されてから、
高村光太郎や賢治の弟分の森荘已池やさらに
賢治をとりまく周囲の人間たちによって
賢治を求道の人とか、
自己犠牲の賢人とかに
祀り上げられたしまいました。
しかしね~、私はあの「雨ニモマケズ」の詩も
おそらく賢治がひとりよがりに、
自分の結婚相手と強烈に思い込んだある女性から
拒否されて、書いたのではないかと
思います、
本当のところは分かりませんが・・・。
さらに同じように森荘已池らの証言によって
賢治の傍にいた女性で、
みごとに悪女にされてしまった
<高瀬露>さんも、
実際は悪女でもなんでもありません。
当時の<羅須地人協会>に集まってきた
賢治を慕う若者のひとりにすぎません。
とても率直で清々しい女性だと思います。
賢治の手帳に書かれた
「聖女のさまして・・・」の女性は
おそらく賢治が失恋した相手を恨んでかいたのじゃないかな~と思います。
しかし、だからこそ、いかにも人間賢治がそこにいるじゃあ~ありませんか。
宮沢賢治も人も子。
それでいいのだと
私は思います。