高村智恵子と光太郎、その3、大きいゆえに鈍い光太郎! |
色々と考え続けたでしょう。
光太郎という人は決して軽薄でも尻軽でもありません。
むしろ愚直なくらい自分に正直であり、
大変誠実な人でもあります。
そして包容力のスケールも大きいひとですから、
彼を好きになる人は沢山いると思います。
ただ、一点というか、その欠点は
鈍いのです。
複雑に交叉する人間の感受性の綾に対して
少し単純で
先日も宮沢賢治のことでもかきましたが、
まあ、誠実さや愚直さのあまり、
人間の狡くこざかしい裏の心理や、
光太郎が光の中に立っていたとすれば、
智恵子はその陰の部分(偽善的な部分)を引きうけたのではないかと
思います。
たしかに智恵子の中には
自分の生家の事情も含め、
天下の高村家に対するコンプレックもあり、
さらにもっと彼女を苦しめたのは
自分には油絵画家としての才能がない、ということでしょう。
ほんとうはね、智恵子には
青鞜の表紙の絵のように
デザインの才能や
子どもの頃に岩絵の具で描いた日本画の才能のように
●西洋油絵世界とは違う才能があったのに、
西洋美術に圧倒されて
それを自己肯定できなかったところに
彼女の悲劇があると
私は思います。
自分で色や質感を作り出すのではなく、
それらを彼女のデッサン力を応用して描き
切り取った、
いわゆるアレンジメントの世界です。
しかし当時の主流は油絵や彫刻であると
思い込んだ智恵子さんは
それと格闘し、負けてしまいました。
つまり挫折したのです。
逆に彼女は
いくつかの行程をルーチンに作業する
機織りなどは、
才能どうのこうので脅かされることなく
楽しみながらやれたと思います。
そういう智恵子さんの本質というか
本来の才能を
光太郎は見抜けなかったのではないでしょうかね~。
逆に、芸術という名のもと
自分に課しながらも、
いつも光太郎に依存し同調している智恵子さんは
自分にも課してしまったのかもしれませんね。
智恵子さんがアダリンを大量に呑み
自殺未遂をした時、
まあ、いろいろな事情があり、その真意はわかりませんでしたが、
二人は別々の寝室で寝起きをしていました。
しかし、自殺未遂の後の入院中に
光太郎さんが見舞いに来ると
智恵子さんは、ひとめもはばからず、
その首にしがみついて、放さなかったといいいます。
よほど光太郎さんを好きではなかったのではないでしょうかね~。
智恵子さんの本心は、
幼女のように光太郎に甘え、すがり、
その愛情を欲したのではないでしょうか。
観念が先行し、
自分達の生き方を
こうあるべきと設定してしまうと、
おそらく智恵子さんはその息苦しさがもう
限界にきていたのではないでしょうか。
そしてそれに追い打ちをかけるように
彼女の実家が破綻してゆきます。
そして智恵子さんは、
自分の実家の内情を
光太郎には秘密にしていました。
勿論光太郎がうすうす気づいていたと
思いますが。
そこにはなんだかわからないけれど、
智恵子さんは光太郎に対して壁を作っていました。
次回は智恵子さんの実家と
なぜ破たん(破産)したかなどについて
書きます。



