2019年 05月 06日
やっと時代がついてきました・・・。 |
高村光太郎を一言でいうなら、
スケールの大きい人であったと思います。
スケールの大きい巨人は反面、
細部に置けるデリカシーに
鈍かったのかな~とも
思います。
カリスマ性もありましたが、
その分脇が甘い。
脇が甘いから、大衆に好かれる。
一応物書きのはしくれとして、
いろいろな人を見てきましたが、
どんな人間も
素晴らしく優れているところ、
反面、これほど弱く脆いかと思えるところを
車の両輪のごとく、持っています。
それは有名、無名をとわず、
人間はそのような生き物であろうと
思います。
そしてそれが現実の事象と絡み合いながら、
その人間の現象世界(行為世界)を作り出していくのです。
光太郎が構築しようとした自己世界が、そのまま
間違っているとは思えないし、
光太郎自身はむしろ欲のない人間だと思います。
しかしなぜ彼がボタンを掛け違えたかは、
やはり智恵子(女)を理想化し、それに依存したことでしょう。
そこには、男も女も脆弱な小さな人間に過ぎず
そこそこの自分を生きているに過ぎない、という自覚と洞察が
抜け落ちたからです。
その意味では自分(光太郎)もそこそこであり、
だからこそ、光太郎は
戦争中、大衆の先頭に立ち、国家のために命を投げろ、などの
旗手になってはいけなかったのです。
一昨日あたりからまた
賢治と嘉内を書いたブログにアクセスがたくさん来ています。
またEテレが再放送されたのでしょうか?
大変傲慢な言い方で申し訳ありませんが、
やっと時代が私に近づいて来たな~と
思います(スミマセン)。
つまり
私はどんな人間も、幻想化せず
人間としては、そうそう変わらない、というスタンスで
ずーっと人間を見、書いてきました。
賢治も光太郎も智恵子も一葉も漱石もその他の人間も、
みんな、ただの人間に過ぎず、
冒頭に書いたように
素晴らしく優れているところと
弱く脆いところを
車の両輪のごとく、持って生きていたと
考えてきました。
そういう視線で人間を見てきました。
だからこそ、賢治も他の人々が視線を向けない、
彼の弱さや脆さのほうを
しっかりと見届けた上で、
賢治の人間性の総体(賢治のコスモス)を
書きました。
つまり、賢治も光太郎も智恵子も
皆さんと同じなのです。
極論すれば、彼らも
ただの人です。
他者に幻想を持たず、
依存せず、甘えない関係をもてる自分を
育てることこそが
幸せに繋がります。
そして
しっかりと自立し、
自分の人生を大切に、いとおしく生きる事。
それがとても大事なことだと
思います。



スケールの大きい人であったと思います。
スケールの大きい巨人は反面、
細部に置けるデリカシーに
鈍かったのかな~とも
思います。
カリスマ性もありましたが、
その分脇が甘い。
脇が甘いから、大衆に好かれる。
一応物書きのはしくれとして、
いろいろな人を見てきましたが、
どんな人間も
素晴らしく優れているところ、
反面、これほど弱く脆いかと思えるところを
車の両輪のごとく、持っています。
それは有名、無名をとわず、
人間はそのような生き物であろうと
思います。
そしてそれが現実の事象と絡み合いながら、
その人間の現象世界(行為世界)を作り出していくのです。
光太郎が構築しようとした自己世界が、そのまま
間違っているとは思えないし、
光太郎自身はむしろ欲のない人間だと思います。
しかしなぜ彼がボタンを掛け違えたかは、
やはり智恵子(女)を理想化し、それに依存したことでしょう。
そこには、男も女も脆弱な小さな人間に過ぎず
そこそこの自分を生きているに過ぎない、という自覚と洞察が
抜け落ちたからです。
その意味では自分(光太郎)もそこそこであり、
だからこそ、光太郎は
戦争中、大衆の先頭に立ち、国家のために命を投げろ、などの
旗手になってはいけなかったのです。
一昨日あたりからまた
賢治と嘉内を書いたブログにアクセスがたくさん来ています。
またEテレが再放送されたのでしょうか?
大変傲慢な言い方で申し訳ありませんが、
やっと時代が私に近づいて来たな~と
思います(スミマセン)。
つまり
私はどんな人間も、幻想化せず
人間としては、そうそう変わらない、というスタンスで
ずーっと人間を見、書いてきました。
賢治も光太郎も智恵子も一葉も漱石もその他の人間も、
みんな、ただの人間に過ぎず、
冒頭に書いたように
素晴らしく優れているところと
弱く脆いところを
車の両輪のごとく、持って生きていたと
考えてきました。
そういう視線で人間を見てきました。
だからこそ、賢治も他の人々が視線を向けない、
彼の弱さや脆さのほうを
しっかりと見届けた上で、
賢治の人間性の総体(賢治のコスモス)を
書きました。
つまり、賢治も光太郎も智恵子も
皆さんと同じなのです。
極論すれば、彼らも
ただの人です。
他者に幻想を持たず、
依存せず、甘えない関係をもてる自分を
育てることこそが
幸せに繋がります。
そして
しっかりと自立し、
自分の人生を大切に、いとおしく生きる事。
それがとても大事なことだと
思います。

シャクナゲが満開です!


来週からまた、遠野での撮影に入ります。
by denshinbashira
| 2019-05-06 05:49
| 高村智恵子と光太郎
|
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