2019年 06月 04日
映画「どこかに美しい村はないか」空は青く青く透きとおっていて、 畑の中を狐が走り抜けていく。 |
金曜日に爺さんの実家で法事があり、
久しぶりに岐阜に行きました。
東海道新幹線の車窓から外を眺めると
田植えが終わった田んぼが続きます。
それを眺めながら、なんか違うな~と
思うのですよ。
つまりその田んぼの風景が、
あんまり心に響かないのです。
なにが違うのかな~と思っていたら、
あゝ・・・・。
つまり、
遠野の田んぼの風景とは、決定的な違いがあるのですよ。
それは、遠野の田んぼの風景には、
近代的な建物がない。
しかし、一方、
新幹線の車窓から見える田んぼには、
ところどころにコンクリートの建物や、倉庫があり、
その後ろにはビルや工場があったりしている。
遠野に来て気づいたのは、
たしかに遠野の駅前や市街は、さびれている。
しかし、一歩郊外にゆけば、ほんとうに豊かな農村があります。
人口27000人って、本当なの?というくらい
田畑の傍には家々があります。
私達はロケ地を探して、遠野中を回りましたが、
郊外ではさびれ感はありませんでした。
遠野だけではなく、日本の農村の風景は、
まだ、
こんなに美しいのでしょうか。
地方には、
消費文化に毒されていない風景が
残っているのだろうか・・・?
イギリスのコッツウォルズがなぜ美しいかというと、
産業革命に乗り遅れ、取り残されたことが反って
イギリスの伝統的な風景として残ったからです。
近代の工業文化や物質文化、金権文化から
取り残されているからこそ、
日本中が、イオンモールなどの、
チェーン店文化に支配される中で、
遠野には、それがない。
騒がしく、物に溢れたギラギラした即物的な都市ではない。
田んぼの水面がキラキラ光り
山は堂々と、
空は青く青く透きとおっていて、
畑の中を狐が走り抜けていく。
※私たちのロケの車の前を、
ほんとうに狐が走り抜けてゆき、
時々止まっては、ふりかえって私達を見るのですよ。
そんな日本昔話のような世界。
遠野はまさにそこに価値があると思いますよ。
もしかしたら、即物的な観光ではない、
静けさと心の故郷の日本の原風景として
遠野が求められるかもしれませんね。
コッツウォルズのように、
そういう人が遠野に気づき、来始めるといいね。
映画では、能勢監督と篠田カメラマンが
極上の風景を撮りましたから、
多分それを伝えられると思います。
この映画を通して、
遠野だけでなく、
日本の地方都市が
その古さを逆手にとって
願っています。




いよいよ撮影も残り三分の一です。
久しぶりに岐阜に行きました。
東海道新幹線の車窓から外を眺めると
田植えが終わった田んぼが続きます。
それを眺めながら、なんか違うな~と
思うのですよ。
つまりその田んぼの風景が、
あんまり心に響かないのです。
なにが違うのかな~と思っていたら、
あゝ・・・・。
つまり、
遠野の田んぼの風景とは、決定的な違いがあるのですよ。
それは、遠野の田んぼの風景には、
近代的な建物がない。
しかし、一方、
新幹線の車窓から見える田んぼには、
ところどころにコンクリートの建物や、倉庫があり、
その後ろにはビルや工場があったりしている。
遠野に来て気づいたのは、
たしかに遠野の駅前や市街は、さびれている。
しかし、一歩郊外にゆけば、ほんとうに豊かな農村があります。
人口27000人って、本当なの?というくらい
田畑の傍には家々があります。
私達はロケ地を探して、遠野中を回りましたが、
郊外ではさびれ感はありませんでした。
むしろ延々と続く田畑の緑の豊さに、
心が癒されましたがね~・・・。
遠野だけではなく、日本の農村の風景は、
まだ、
こんなに美しいのでしょうか。
地方には、
消費文化に毒されていない風景が
残っているのだろうか・・・?
イギリスのコッツウォルズがなぜ美しいかというと、
産業革命に乗り遅れ、取り残されたことが反って
イギリスの伝統的な風景として残ったからです。
近代の工業文化や物質文化、金権文化から
取り残されているからこそ、
日本中が、イオンモールなどの、
チェーン店文化に支配される中で、
遠野には、それがない。
騒がしく、物に溢れたギラギラした即物的な都市ではない。
田んぼの水面がキラキラ光り
山は堂々と、
空は青く青く透きとおっていて、
畑の中を狐が走り抜けていく。
※私たちのロケの車の前を、
ほんとうに狐が走り抜けてゆき、
時々止まっては、ふりかえって私達を見るのですよ。
そんな日本昔話のような世界。
遠野はまさにそこに価値があると思いますよ。
もしかしたら、即物的な観光ではない、
静けさと心の故郷の日本の原風景として
遠野が求められるかもしれませんね。
コッツウォルズのように、
そういう人が遠野に気づき、来始めるといいね。
映画では、能勢監督と篠田カメラマンが
極上の風景を撮りましたから、
多分それを伝えられると思います。
この映画を通して、
遠野だけでなく、
日本の地方都市が
その古さを逆手にとって
蘇る。
その切っ先になればいいな~と
願っています。



こういう所を狐が走りぬけていくのですよ。
そしてバカにしたように、
私達をふりかえるのです・・・笑い!

いよいよ撮影も残り三分の一です。
by denshinbashira
| 2019-06-04 06:22
| 遠野の映画撮影日記
|
Comments(6)
久しぶりにコメントします。ずっと以前から思い、気になっていることなんです。宮澤賢治は、雨ニモマケズの刊行を喜んでいるのでしょうか。清六さんによって世に出されたことをどう思っているのかと、考えて心に引っかかっています。世の人たちへの文ではなく、自分に向けた文だと持っていたからです。ワタシハナリタイ。わたくしは、と書いてないところがその理由なんです。賢治さんの心の内じゃないのかなと。言ってみれば知られたくないもの、少し恥ずかしいそのままの自分なのではないでしょうか。
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青の青様 お久しぶりです。お元気でしたか。
おっしゃる通り、賢治はこの詩を自分のためにかきました。おそらく羅須地人協会以降の、自分の惨めな敗北を総括して新しく生きなおすために書いたと思います。
だからこそ、それは東京へ持っていったトランクのポケットの中に入れっぱなしであり、その手帳はまさに賢治の本音の覚書きであり、自分の気持ちをメモとして書きつけたものであろうと思います。
だから、もし賢治が生きていたならきっと発表しなかったと思います。むしろ、そっとしてほしかったと思います。
ご指摘のように「ワタクシ」という、
●対外的な書き言葉ではなく、
「ワタシ」という平板な日常呼称で書かれおり、
そこには自分を相対化した賢治がいますね。
相対化とは、賢治が、自分で自分に言い聞かせ、噛みしめようとしている、ということです。
この詩が世間に発表されたことで、
賢治は彼自身が悩み苦しんだことをかき消されてしまいました。
さらに大政翼賛会の戦意高揚と戦争に耐えるための
国民意識の手本として、利用されてしまいました。
それは賢治が一番嫌ったことだと思います。
おっしゃる通り、賢治はこの詩を自分のためにかきました。おそらく羅須地人協会以降の、自分の惨めな敗北を総括して新しく生きなおすために書いたと思います。
だからこそ、それは東京へ持っていったトランクのポケットの中に入れっぱなしであり、その手帳はまさに賢治の本音の覚書きであり、自分の気持ちをメモとして書きつけたものであろうと思います。
だから、もし賢治が生きていたならきっと発表しなかったと思います。むしろ、そっとしてほしかったと思います。
ご指摘のように「ワタクシ」という、
●対外的な書き言葉ではなく、
「ワタシ」という平板な日常呼称で書かれおり、
そこには自分を相対化した賢治がいますね。
相対化とは、賢治が、自分で自分に言い聞かせ、噛みしめようとしている、ということです。
この詩が世間に発表されたことで、
賢治は彼自身が悩み苦しんだことをかき消されてしまいました。
さらに大政翼賛会の戦意高揚と戦争に耐えるための
国民意識の手本として、利用されてしまいました。
それは賢治が一番嫌ったことだと思います。
丁寧なご説明ありがとうございます。やはり、世間への発表は不本意であったのでしょうね。わたくしはある場所でのハンドルネームをデクノボウにしています。承認欲求のない生き方をしていきたいと思ったからです。寒さの夏って何だろう。ダレカラモホメラレモセズ…サウイウモノニワタシハナリタイって変じゃんって中学生の頃は不思議でしかたありませんでした。数年前の鬱状態は消え、マグノリアノ木に納得している現在です。堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます まるで落ちることをあえて望んでいるかのようです。
今は国指定の難病になっていますが、いずれ回復させ、子供たちと触れ合える元の仕事に戻りたいと思っています。一番心が苦しく、自分を許せなかった頃、あなた様の遺言を心の糧にしていました。感謝しています。ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。
今は国指定の難病になっていますが、いずれ回復させ、子供たちと触れ合える元の仕事に戻りたいと思っています。一番心が苦しく、自分を許せなかった頃、あなた様の遺言を心の糧にしていました。感謝しています。ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。
青の青さま。
ご病気が治り、また子供たちとの交流ができますよう
お祈りいたします。
そして、「ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ」についてですが、
農民詩人星寛治さんによると、
寒い夏、陽がカンカン照らない夏は、
稲の生育が劣り、不作になるそうです。
賢治はそれを案じ、さらにそうなると
自身ではどうしょうもなく、無力な自分を
表現したのだと、思います。
どうぞお元気でいてください。
ご病気が治り、また子供たちとの交流ができますよう
お祈りいたします。
そして、「ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ」についてですが、
農民詩人星寛治さんによると、
寒い夏、陽がカンカン照らない夏は、
稲の生育が劣り、不作になるそうです。
賢治はそれを案じ、さらにそうなると
自身ではどうしょうもなく、無力な自分を
表現したのだと、思います。
どうぞお元気でいてください。
おはようございます。
自身、東北各地をバイクで旅してきましたが、
東北でも、遠野のような風景はなかなか見られなくなってきました。
かつてはそのような風景だったはずの多くが、ライフラインから切り捨てられ、廃屋だらけになった集落が各地で見られます。
もしくは観光化され、俗の空気にまみれた風景のどちらかです。
福島県の大内はかつての宿場町として有名です。街道が移動したために当時のライフラインから切り離され、行き止まりの集落となりましたが、彼らの生活は損なわれることは無かったので、生き残ることが出来たのです。
しかし、今は北側の旧街道が車道として復活したために、車があふれるようになり、いつの間にか駐車場までできてしまい、再訪する気分を失ってしまいました。
現代のライフラインにしがみつかなくても崩れてしまわない・・そんな強さを人も地域も取り戻さなければいけない時期にきているよUA07Jに思えます。
先日 夜行バスに乗った時に 渋滞をかわすために常磐道を通っているのに気づきました。放射能のために住む人も無くなり、森に帰ろうとしているかつての農村の風景を見、 あの美しい風景はまさに人と森とが手を取り合って作られてきたのだということを感じました。
自身、東北各地をバイクで旅してきましたが、
東北でも、遠野のような風景はなかなか見られなくなってきました。
かつてはそのような風景だったはずの多くが、ライフラインから切り捨てられ、廃屋だらけになった集落が各地で見られます。
もしくは観光化され、俗の空気にまみれた風景のどちらかです。
福島県の大内はかつての宿場町として有名です。街道が移動したために当時のライフラインから切り離され、行き止まりの集落となりましたが、彼らの生活は損なわれることは無かったので、生き残ることが出来たのです。
しかし、今は北側の旧街道が車道として復活したために、車があふれるようになり、いつの間にか駐車場までできてしまい、再訪する気分を失ってしまいました。
現代のライフラインにしがみつかなくても崩れてしまわない・・そんな強さを人も地域も取り戻さなければいけない時期にきているよUA07Jに思えます。
先日 夜行バスに乗った時に 渋滞をかわすために常磐道を通っているのに気づきました。放射能のために住む人も無くなり、森に帰ろうとしているかつての農村の風景を見、 あの美しい風景はまさに人と森とが手を取り合って作られてきたのだということを感じました。
佐々木 稔様 ありがとうございます。今日の記事に引用させていただきます。

