あまりに潔癖すぎる社会は、脆く崩壊しやすい!!! |
書いておきます。
情報社会の落とし穴は、情報が過多になり、
●社会が神経症化していくことです。
そういう観点から見て、
このところ気の毒なのは煙草を吸っている人達です。
まあ禁煙ということもいいのですが、
●それもやりすぎない事です。
芸人の闇営業の芸人バッシングについても同じです。
その他もろもろについても
●社会正義をやりすぎてしまうことは
逆に社会の多様性や価値が単一化してしまい、
安易にファシズムがはびこることにも繋がります。
また薄っぺらな社会正義を振りかざす人や、メディアも要注意です。
※ヒットラー初め醜悪な独裁者たちは皆
最初は社会正義や福祉を掲げて登場してきました。
そういう単細胞の人は
人間というもの、社会というものが
わかっていないからです。
人間と人間社会が
多様で、複雑で、
複層的であることが理解できないんですね。
人間も、人間がつくりあげる社会も様々な層や価値観で
構造化しており、
決して一面的ではありません。
人間も社会も、そして物事も、
相対的に構造化しています。
善と悪、正と邪、聖と濁、醜と美、動と静、陰と陽、
強と弱、裏と表、薄と厚、売と買、そして
知性と感情、表層と深層、頂点と底辺などなど・・・。
幅の広い多様な内容と価値を作り出し、
まるで地層のように社会を構造しているのです。
それが一面的で、片方だけになると、
とても薄っぺらな社会になってしまいます。
人間自身の中にも、
・動物的本能的な攻撃性と
・知性で自分を律する理性とが
微妙かつ大胆に働きながら、
人間の心を複雑かつ、立体的に構造化して在るのです。
それらどちらか一方にかたよっていくと
●自由がどんどん奪われ、
●ヒステリックな強権がはびこり、
社会は脆くなり、息苦しくなります。
そこにファシストたちが付け入るのです。
禁煙も、一定程度の隔離ができた時点で許容し、
また、闇営業も、
オレオレ詐欺などの
重大な社会犯罪を犯した人間への営業をしたことにたいしての
ペナルティーは当然ですが、
余り隅々までつつかないことです。
人間も社会も一筋縄ではいかない。
幸福ということも
「禍福は糾える縄の如し」です。
やりすぎず、
賢いバランスの中で、
上手に共存していくことだと
思います。