2019年 09月 19日
人間は しいん としたとこがなくちゃいけないんだ! |
AI,シンギュラリティーのことを書きました。
とても大切なことです。
でも、皆さんはあんまりピンとこないのかな~。
反応が薄いのです。
私の人生の最後のところで、
人間にとっては大変辛く、苦々しいことが起きてきました。
それは、未来社会が、三つの危機の中にあるからです。
一つは、愚かな核戦争です。
二つ目は、温暖化による、異常気象です。
私はどうも、時代を先取りしてゆく人間らしい。
先般も、30年前に書いたことが、やっと最近テレビで取り上げられました。
だからもしかしたら、この三つのことも、あと何年もしなければ、
人々はピンとこないかも、しれません。
私はず~っと<心>について考え続けてきました。
<心>とは、脳が作り出す物理現象です。
<心>は脳が作りだす物理現象である。ということも
その<心>がコンピュターに代理される時代がすぐそこに来ている、ということです。
そして人間は、
その<心>が、もうすでに、壊されかかっている。
映画のタイトルの言葉は、茨木のり子さんの詩からとりました。
なにがどうとは書きませんが、
今日は茨木さんが<心>について書いた詩を、載せます。
とても深い詩です。
みづうみ
(だいたいお母さんてものはさ、
しいん
としたとこがなくちゃいけないんだ)
名台詞を聴くものかな!
ふりかえると
お下げとお河童と
ふたつのランドセルがゆれてゆく
落ち葉の道
お母さんだけとがかぎらない
人間は誰でも心の底に
しいんと静かな湖を持つべきなのだ
田沢湖のように深い青い湖を
かくし持っているひとは
話すとわかる 一言 三言で
それこそ しいんと落ち着いて
容易に増えも減りもしない自分の湖
さらさらと他人の降りてゆけない摩の湖
教養や学歴とは何の関係もないらしい
人間の魅力とは
たぶんその湖のあたりから
発する霧だ
はやくもそのことに
気づいたらしい
小さな
二人の
娘たち

とても大切なことです。
でも、皆さんはあんまりピンとこないのかな~。
反応が薄いのです。
私の人生の最後のところで、
人間にとっては大変辛く、苦々しいことが起きてきました。
それは、未来社会が、三つの危機の中にあるからです。
一つは、愚かな核戦争です。
二つ目は、温暖化による、異常気象です。
三つめは、人工知能による、
行きすぎたテクノロジーによる、経済破壊、と
人間の脳の劣化です。
私はどうも、時代を先取りしてゆく人間らしい。
先般も、30年前に書いたことが、やっと最近テレビで取り上げられました。
だからもしかしたら、この三つのことも、あと何年もしなければ、
人々はピンとこないかも、しれません。
私はず~っと<心>について考え続けてきました。
<心>とは、脳が作り出す物理現象です。
<心>は脳が作りだす物理現象である。ということも
まだまだ多くの人には、ピンと来ないかもしれませんね。
その<心>がコンピュターに代理される時代がすぐそこに来ている、ということです。
そして人間は、
その<心>が、もうすでに、壊されかかっている。
なぜなら、
頭を集中させて、考察する、という現象が、
日常的に
壊されているからです。
映画のタイトルの言葉は、茨木のり子さんの詩からとりました。
今日は茨木さんが<心>について書いた詩を、載せます。
とても深い詩です。
みづうみ
(だいたいお母さんてものはさ、
しいん
としたとこがなくちゃいけないんだ)
名台詞を聴くものかな!
ふりかえると
お下げとお河童と
ふたつのランドセルがゆれてゆく
落ち葉の道
お母さんだけとがかぎらない
人間は誰でも心の底に
しいんと静かな湖を持つべきなのだ
田沢湖のように深い青い湖を
かくし持っているひとは
話すとわかる 一言 三言で
それこそ しいんと落ち着いて
容易に増えも減りもしない自分の湖
さらさらと他人の降りてゆけない摩の湖
教養や学歴とは何の関係もないらしい
人間の魅力とは
たぶんその湖のあたりから
発する霧だ
はやくもそのことに
気づいたらしい
小さな
二人の
娘たち
●AIテクノロジーの時代に警鐘をならす!
ドキュメンタリー映画「どこかに美しい村はないか」
~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵より~
2020年四月完成予定です。
多くの人々に見てほしいので、
拡散をお願いいたします。

by denshinbashira
| 2019-09-19 05:35
| 遠野の映画撮影日記
|
Comments(2)
おはようございます。ご無沙汰いたしております。
先に進んでいるものは、アイデアでも思想でも作品でもなかなか多くの人にはピンと来ず、後から振り返って分岐点に気づく(そして悔やむ)というのが大衆の歴史かもしれません。
何かをしていること、目に見える、形のあるものを作り上げることにあまりにも多くの価値がおかれすぎた結果、何かをしているように見えない時間の重要性が見過ごされていると感じます。
種が芽を出すまでの時間や、葉がついて育っていくプロセスをなるべく少なくして、花が咲いたり実をつけたりする期間を最大化しようと無理強いしているのが今の時代です。
この先さらに、そこに自然の介在しない形でアフトプットを増やしていこうとしています。
人も生き物のひとつ。そんなことを思いながら拝読していました。
仮に気分上々ではない時があっても、それは自然の営みのひとつだと考えれば、決して落ち込むことでも解消を急ぐことでもないかもしれないーー
少し落ち着きを得られそうです。
これからも更新を楽しみにしております。
先に進んでいるものは、アイデアでも思想でも作品でもなかなか多くの人にはピンと来ず、後から振り返って分岐点に気づく(そして悔やむ)というのが大衆の歴史かもしれません。
何かをしていること、目に見える、形のあるものを作り上げることにあまりにも多くの価値がおかれすぎた結果、何かをしているように見えない時間の重要性が見過ごされていると感じます。
種が芽を出すまでの時間や、葉がついて育っていくプロセスをなるべく少なくして、花が咲いたり実をつけたりする期間を最大化しようと無理強いしているのが今の時代です。
この先さらに、そこに自然の介在しない形でアフトプットを増やしていこうとしています。
人も生き物のひとつ。そんなことを思いながら拝読していました。
仮に気分上々ではない時があっても、それは自然の営みのひとつだと考えれば、決して落ち込むことでも解消を急ぐことでもないかもしれないーー
少し落ち着きを得られそうです。
これからも更新を楽しみにしております。
1
cocue-cocue様
お久しぶりです。コメントをありがとうございました。
あまりにもせわしく、忙しぎる社会や
いよいよ自分と他者とを監視しようとする神経症的社会を危惧しています。
その一方で、ゆっくりと手をかけて人生を生きることや、
おおらかに自由に生きることが
小さく委縮していくことを心配しています。
これから始まるAIの行きすぎたテクノジー社会が、
逆に人間を侵食していかないように、祈ります。
今、本当に大切なもの、失ったら取り返しがつかないものはなにか、に
気づいてほしいと思います。
私も刻々と退場の時間がせまっています。
どうぞあとをよろしくお願いいたします。
、
お久しぶりです。コメントをありがとうございました。
あまりにもせわしく、忙しぎる社会や
いよいよ自分と他者とを監視しようとする神経症的社会を危惧しています。
その一方で、ゆっくりと手をかけて人生を生きることや、
おおらかに自由に生きることが
小さく委縮していくことを心配しています。
これから始まるAIの行きすぎたテクノジー社会が、
逆に人間を侵食していかないように、祈ります。
今、本当に大切なもの、失ったら取り返しがつかないものはなにか、に
気づいてほしいと思います。
私も刻々と退場の時間がせまっています。
どうぞあとをよろしくお願いいたします。
、

