73歳になってもまだ、新しい発見や気づきがある。 それもワクワクするような気づきと発見でね。 |
それもワクワクするような気づきと発見でね。
今回、今までの私のクラシック音楽人生を、覆すような気づきと
発見がありました。
それは、まさに音楽は,生きものであり
魂そのものである、ということ。
それは完璧な創作物としての音楽ではなく、
傷つき、ボロボロになりながらも、生きようとする息吹が
まるでため息のように音楽から、聞こえてきた、ということです。
更にそのため息は、美しい空や星を目指してキラキラと上昇していく。
私は4歳の頃からピアノを弾きはじめ
ずっとクラシック音楽を聴いてきました。
手ほどきは母からうけました。
特にピアノのレッスンでは、常にミスタッチを叱られ、
まちがえないように、曲の途中でモタモタしないように
そこは、もう訓練としてかなり、やられましたよ。
もちろん音楽の楽想やその表現についても、
生半可ではないものを追求した来たつもりです。
だから耳だけはすごく敏感で、さらに最近気が付いたのですが、
どうやら絶対音感が、私にはあるらしい!
でもね、今回それがひっくり返っちゃった!!
彗星のように現れ、作曲をお願いした方は、
いわゆるクラシック音楽畑の人ではありません。
彼は路上ミュージシャンであり、さらに即興演奏者でもあります。
しかし、彼が演奏する音楽は、彼の魂そのものです。
子供の頃にはピアノも少しならったそうです。
今彼が弾いているのは、いわゆる私が習ったピアノ演奏ではないのです。
ちなみにクラシック音楽というのは、いわゆる再現音楽であり、
演奏者は再現音楽家としての腕をみがくのですね。
でも彼は、自分の中からあふれ出る音楽を、そのまま弾いて、
彼の感性と色彩世界がそこに広がるのです。
だから、彼の音楽は一回性で完結しており、
同じ事をそのまま再現するのは、不可能なのです。
それでもね、私の胸倉をつかんで、音楽がどんどん心の中に
放り込まれていくのです。
彼の演奏は、完璧ではありません。だから
ミスタッチも多いですよ。
ピアノ演奏もどこかぎごちないところがあります。
しかし、
そんなもんを超えて、心に響いてくるのです。
私は自分の大事な子供時代と青春を、
嫌でたまらないピアノの練習とレッスンで潰してしまいました。
子供の頃は英才教育として親が付ききりで、
何時間も練習をさせられました。
自由に遊ぶことができませんでした。
だから、49歳になったとき、
それまで使っていたグランドピアノを売り飛ばしました。
自分を解放し、残りは
自分らしい人生を生きるためにです。
でもまだ未練があったので、小さなピアノを買いました…笑い!
今、音楽を聴くのは大好きですが、弾くのはもうこりごりなのですよ・・・。
でも、今回彗星のように現れたその人の音楽を聴いて、
音楽は完成していなくても、立派でなくても、いいんだな~と
思いました。
人に寄り添うことが大事なんだな~と。
そして、彼の音楽を聴いた瞬間に思い浮かんだのは、
田植えをしていた婆っちゃをはじめ、
撮影に協力し、見守ってくれた遠野の人々の姿です。
どうぞ、あとは映画の中で、その音楽と出会ってください!!
あなたのために、贈ります。

予告編です。

