映画「どこかに美しい村はないか」、希望の種を撒きました。誰もが予想もしない希望の種です。 |
それは誰もが予想もしない希望の種です。
※うまく言えないな~・・・。
それを能勢監督が美しい映像にしてくれました。
Rakiraさんの音楽が、それを謳います!
皆さんは希望ということをどういう風にに考えていますか。
もしかしたら、ふわっとした綿菓子みたいな実体のない観念というか、
なんだかわからないけど、元気がでたり、
気分がウキウキしたり、というように。
希望というのは自分の中にあります。
自分の中にある何かの、その可能性が
外との関係で開かれ、そして意欲が湧いてくることです。
だから基本は自分です。自分が希望の発電所です。
そして希望を叶えていくのは、
自分自身の中にある、行動力です。
行動によって希望が具体化していきます。
ところが自分が消耗していたり、
神経症的な妄想に駆られていたり、
発電機が湿っていると、
なかなか希望を持つことはできません。
考えつくことすらできません。
いかに健康な心と神経をもっているか、
ということが,
希望を持つために大きな比重を占める、ということですね。
ところが今の時代は、希望が発電できない。
それはどこに原因があるのか、
逆にどこに希望をみつけたらいいか。
私はこういう観点から時代を見つめ分析して、
この映画を作りました。
私たちの発電所が希望というエネルギーで作動するには
こころが病んでいてはだめなのです。
心が神経症的に陥っていては、希望は発電しないのです。
皆さんが希望の種を見つけて
元気になるよう、
是非、映画をみてください。
次回はなぜ、希望が失われていくのか、を
書きます。

4/21 遠野試写会、4/24 東京試写会にブロガーさんをご招待いたします。

