2020年 01月 21日
映画「どこかに美しい村はないか」すみれ色した夕暮れは、若者のやさしいさざめきで満ち満ちる。 |
希望というのは、
人間の心が健やかで、健康であるときこそに見えてきて、
エネルギーを発電するのです。
希望は、追い詰められた人間には湧いてきません。
希望はこころにゆとりがあり、
さらに前進しようとする中にこそ、う生まれてきます。
そう考えてよくよく今の現実をみると
もしかしたら人間の危機は都会の方なのかもしれません。
目まぐるしい生産性の競争の中に置かれ、
時間に追われ、情報の山にかこまれ、
人間の精神や神経へ、ストレスが重くのしかかる都会の方が、
危ないと私は思っています。
人間の心の中は眼には見えませんから、
心が崩壊していくことも、なかなか気づかれにくいのです。
そこが厄介ですね。
そして、都会の人々がそのストレスから解放されるには、
どこかで自然へと回帰する必要があります。
そうでなければ、都会でのストレスは
眼に見えない中でどんどんすさんでいくと思います。
どこかで、
もともと人間は動物であり、いきものなのです。
にんげんはアナログな存在です。
ゆっくり、ゆっくり変化する存在です。
経済の観点からみれば、危機は地方のほうかもしれませんが、
人間の心の観点からみれば、都会の方が深刻です。
それは、
地方の人々はまだ自然と共に生きているからです。
そしてそこには<自然時間>も消えていません。
茨木のり子さんはその詩の中でこう謳います。
すみれ色した夕暮れは、若者のやさしいさざめきで満ち満ちる。
どこかに美しい人と人の力はないか
心に余裕がある時、やさしさと、希望が生まれます。
そして
人と人の力が生かされてゆくことが、豊かさになります。
そういうとても大切なことが、失われないように
この映画を作りました。

人間の心が健やかで、健康であるときこそに見えてきて、
エネルギーを発電するのです。
希望は、追い詰められた人間には湧いてきません。
希望はこころにゆとりがあり、
さらに前進しようとする中にこそ、う生まれてきます。
そう考えてよくよく今の現実をみると
もしかしたら人間の危機は都会の方なのかもしれません。
目まぐるしい生産性の競争の中に置かれ、
時間に追われ、情報の山にかこまれ、
人間の精神や神経へ、ストレスが重くのしかかる都会の方が、
危ないと私は思っています。
人間の心の中は眼には見えませんから、
心が崩壊していくことも、なかなか気づかれにくいのです。
そこが厄介ですね。
そして、都会の人々がそのストレスから解放されるには、
どこかで自然へと回帰する必要があります。
そうでなければ、都会でのストレスは
眼に見えない中でどんどんすさんでいくと思います。
どこかで、
人間とは、
自然的生き物だと気づく必要があります。
もともと人間は動物であり、いきものなのです。
にんげんはアナログな存在です。
ゆっくり、ゆっくり変化する存在です。
経済の観点からみれば、危機は地方のほうかもしれませんが、
人間の心の観点からみれば、都会の方が深刻です。
地方のほうがよほど余裕があります。
それは、
地方の人々はまだ自然と共に生きているからです。
そしてそこには<自然時間>も消えていません。
茨木のり子さんはその詩の中でこう謳います。
すみれ色した夕暮れは、若者のやさしいさざめきで満ち満ちる。
どこかに美しい人と人の力はないか
心に余裕がある時、やさしさと、希望が生まれます。
そして
人と人の力が生かされてゆくことが、豊かさになります。
そういうとても大切なことが、失われないように
この映画を作りました。
映画「どこかに美しい村はないか」
~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~
1月14日に完成しました。

ついに映画が完成しました。ロケ地の遠野の皆さん、またたたくさんの励ましやエールを下さった読者の皆さんに、心より感謝いたします。
これから上映のための準備をします。それまで、ちょっとお待ちくださいね。事が整いましたら、逐次お知らせいたします。
予告編です。
4/21 遠野試写会、4/24 東京試写会に、ブロガーさんをご招待いたします。
Twitterの方もどうぞ!!
●東京上映は、5月16日,17日 人形町三日月座で!!
●遠野上映は、6月7日(日)市民センターホールで、予定しています。
●横浜上映は、5月23、24日 シネマノヴェチェントで!
さらに●岩手県沿岸部、●秩父、なども上映を予定しています。
どうぞよろしくお願い致します。
by denshinbashira
| 2020-01-21 05:54
| 遠野の映画撮影日記
|
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