神戸芸術工科大学のタイポグラフィと映画とのコラボ授業!なぜこの映画ナレーションがないか? |
タイポグラフィと映画とのコラボ授業で
能勢さんはユーチューブ出演、私はリモートで、学生さんとお話します。
それでその時、なぜ、この映画はナレーションがないかについて、
すこし難しい話になるのですが、脳科学の観点からお話したいと思いますが、
ここにそのことを書いておきます。
まずは●聴覚(ナレーション・音楽)と
●視覚(映像)の違いについて。
●聴覚は脳の中の時間情報です。
だから耳から聞こえることは常に時間の流れの中で
流れていきます。流れては消えていきます。
空間情報ですから時間が停止した状態で認識されます。
分かりやすく言うと、
映像は瞬間瞬間に目に入るものを
額縁にいれた絵や写真のように認識していきます。
つまり聴覚と視覚はまるで逆なのですが、脳は
さて映画について話を戻すと、
もともと二つはバッテイングなのですから、聴覚であるナレーション(言葉)を入れると
視覚とのストレスが起き、映像への集中がそがれていきます。
能勢監督も、私も、映像を見せたいのです。
そして、観客も、自由に自分のイマジネーションをふくらませることができます。
逆にナレーションの言葉は、
視覚と聴覚との折り合いをつけ、
意識で分かりやすくしてくれますが、その分、
この映画は磨き上げた映像の醍醐味の中、
できるだけ説明を省き、
その分、ガラス絵と音楽が道案内のように映画を進行していきます。
あの、ムソログスキーの「展覧会の絵」のようにね。
さらに音楽が映像の背景効果として使われるのではなく、
むしろ、音楽が映像を躍動的にしてくれます。
音楽(聴覚世界)が映像にエネルギーを注いでくれるのです。
だから、映画を見た方はお気づきかとおもいますが音楽は、
見る人々を包みこみ、映画が終わります。
今までのドキュメンタリー映画出の音楽の扱いは、
この映画のように映像と音楽とがそれぞれ自立したものとして扱われていません。
この映画は、視覚的世界(映像)と聴覚的世界(音楽)とが立体的な構造としてあり、
それがとても斬新なのですが、そこに気づく映画人(特に審査委員)が、
なかなかおりません…トホホ!!
ほとんどが、これまでのドキュメンタリー映画に潜む、
<フェデリコ・フェリー的ヒューマン不条理ドラマ>の桎梏から抜けていないのが実情です。
さて、タイポグラフィも、視覚的世界の芸術です。
まさに停止した文字という視覚世界に、どのように息吹きを与え、
エネルギーを惹きだしていくかですが、
停止した文字の奥に、どのようなリアリティーを潜ませていくか。
学生の皆さんの面白く、以外性に富んだ世界をみせてください。
作品を楽しみにしています。

11月8日(日)会場:もりおか町家物語館 浜藤ホール
時間:1回目:11:00~(10:40 開場) 2回目:14:00~(13:40 開場)※14:00~回のみ2作品上映後、トークセッションあり(監督・プロデューサー登壇予定)
料金:1,200円(前売1,000円)/大学生以下1,000円(前売800円)
問い合わせ先:019-656-8145(菊池)
上映2回目後のトークセッションに、能勢監督と田下プロデューサーが登壇予定です。

