2021年 11月 18日
◆作家の眼、宮沢賢治の場合。 |
宮澤賢治の素晴らしさは、
どんな人々の心にも響くその言葉が素晴らしい。
それは賢治が本気で思い書いた言葉だからです。
しかし、だからこそ、
大衆の幻想の神坐にチョコンと治まっている賢治より、
彼の本当の姿のほうが、よほど価値があると、私は考えます。
作家の眼は、ありのままの賢治を書くことこそ、
その使命であると私は考えます。
彼の人生はもうコテンパで、さんざんでありましたよ。
求道の人なんてキレイゴトなんかじゃないです。
世間知らずのボンボンの、迷いと挫折の連続です。
最後はその安着さが決定的にうちのめされて「雨ニモマケズ」を
書いたと思います。
ただ、最後はやはり、彼の知性が彼を救いましたが。
「銀河鉄道の旅」こそは、彼の自己葬祭の小説であり、
ロマンとか、ファンタジーなんての、ナマやさしいものではないです。
ただ、あまりにことばが美しいので、みんな騙される・・・苦笑!
「銀河鉄道の夜」は、
やること為すことすべて失敗し、すべてのことを失い、すっかりあきらめ、
一切の夢から醒めて、殺伐とした現実を生きようという、
賢治の決意の物語だと思います。
(あの世にに行くのをあきらめて地上に戻るジェバンニです。)
そういう風に見ると、迷い、さまよう賢治の現実的な姿にこそ
より深い感動が生まれると思います。
彼が葛藤したもの、格闘したもの、そして夢見たもの、さらに
それを押しつぶした当時の現実のすごさです。
頭でっかちのお人よしの賢治が、
少しばかり世の中をナメていた賢治が
うかうかと百姓もどきになろうとした時、
厳しい指弾の眼が彼を囲みました。
その冷めた目を背中に浴び、のたうち回りながらの
「羅須地人協会」での賢治がいました。
怯え、怖れ、苦しみ格闘した賢治の姿を理解できると、
あの詩の深刻さや厳しさを感じると思います。
私はそれこそが、私達の賢治への愛だと思いますよ。
以上は私の遺言のようなものです。なぜならいずれ、
賢治もそのすべてが明らかになると思いますから。
うわっつらを撫でたようなものを書かない、描かない。
自分をも突き刺しながら書く。
それが作家の眼であり、芸術家の使命であると
私は考えています。

by denshinbashira
| 2021-11-18 05:21
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