人間は殆どを無意識のうちに選択しながら行動しています。
意識は、必要に応じて心理の表面に現れてくる、
その人間の自我の行為行動の

説明書であると同時に、
意識的行動を示唆する解決書でもあります。
つまり自分がなぜそのような行動、行為をするかを脳が自分に説明し、
次に進むために、

解決の答えを出していく。
それが意識です。
人間が心の拠り所を無くしたり、
どう生きていいかわからなくなる一つの原因は何かというと、
文明によって、
さまざまなことが用意され、準備されているからです。
人間は体験しながら、経験しながら、考え答えを探して、
意識が賢くなるのですが、
文明が行き過ぎ、さまざまな事を
人間が解決するのではなく、
機械や機器が代行し、
利便性が高まりますが、その一方で、

意識を持って考える事が人間から奪われてしまうのです。
自分では

答えが出せない人間になってしまいます。
現代社会で、これ以上文明が進めば進むほど、
そういう人々が増えていくという事です。

意識が知性で磨かれていないと、
ほぼ無意識の欲望や
恣意的衝動で行為し、行動してしまいます。
小頭がきく小狡い人間が、彼らをマインドコントロールしていくのは、
いとも簡単です。
そういう風に盲目的になっている人々の、
不安心理や感情に甘い言葉を囁き、勘違いさせ、
自分に依存させ利用していくのも、いとも簡単です。
現に今、そういうカルト宗教にたくさんの人々が引っ掛かり、
本来あってはならないとんでもない事が、この日本ではまかり通っています。
つまり日本ではもうその素地ができつつある、という事です。
ではなぜ日本の大衆は、マインドコントロール可能になってしまったか。
どうぞ皆さんも、
それぞれ考えてみてください。
色々と、思い浮かぶ事があると思いますよ。
戦後のテレビ文化などで、
情報が画一化され、また人々が
自分で考えなくても、それなりに生きてゆける豊かな社会になった事。
脳は危険や危機を感じると、活性化して働きますからね。
余り危機感がない中、
戦後教育で日本の世の中が、

人材を育て損なった事などがあると思います。