2006年 01月 02日
小沢昭一的こころ! |
新年おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
今日の朝、ドイツから帰ってきました。
さっそくブログを開くと、
大勢の方からのコミットがあり、
有難うございました。
身の引き締まる思いで、
書き連ねたいと思います。
始めてドイツに行きました。
ドイツっていい国ですね。
なんだかみんなマイウエイで。
まず、過剰に物が氾濫していません。
ホテルも楚々と必要なものだけがおいてあり、
とても清潔で、又掃除が行き届いてありました。
車窓からは雪が積もった中に絵本で見たような風景。
とがった屋根と裸形の木々と緩やかな丘などが
とても美くしゅうございました。
今回はドイツで第九を演奏するオケについて行ったのですが、
合唱団は現地のおじさんおばさん、お爺さんお婆さん方で、
それが、軽やかに第九を歌うのです。
勿論母国語ですから、彼らにとっては朝飯前でしょうが、
発声も自然な複式呼吸で、声量がありました。
特にバリトンのソロ歌手はみごとでした。
透明な声と言葉が会場中に響き渡り、
こんなにアーティキュレーションの利いた
第九のソロをはじめて聴きました。
今回キ-ルという港町で演奏したのですが、
日本のアマチュアオーケストラの若者達を
温かく迎えてくれました。
感謝、感謝。
さて帰りの飛行機の中で日本の新聞を読みましたら、
小沢昭一さんが「朝日賞」というのを受けられたとあり、
とてもうれしかったです。
この人の『小沢昭一的こころ』というのを
ずーとラジオで聞いていました。
日本の民衆の中の大道芸、や放浪役者の世界等を
面白おかしく、
哀愁を込めて語ってくれていました。
それと、おじさんの悲哀と自虐というか、なんと言うか
そんなことを、
時々声がひっくり返りつながら熱演し、
しかし、どこかに醒めた目があり、
すごい役者さんだと思います。
日本の音楽、特に演歌の世界は、
明治のアホだら教や乞食節、万歳など門付けの大道芸や
放浪芸にルーツがあり
私も昔このレコードを持っていました。
民衆の中の笑い、悲哀や諧謔、皮肉など、
かれらの生きてる息遣いがそのまま伝えられていました。
今の演歌よりずーっと幅の広いスタンスで
しかも洗練されていないいかがわしさや、泥臭さが、
そのまま民衆の世界をストレートに表現してあり、
とても面白かったです。
残念ながらそのレコードはどこかへ失ってしまいました。
現代はほとんどのことが綺麗に洗練されている分
人間のナマの息ずかいや心が
どーもカプセルに入っているみたいで、
物足らない気がします。
みんなが、
さも小奇麗に生きているように装っているようで・・・。
しかし以前にも書きましたが、
「志ん生」の落語に出てくる貧乏長屋の、
犬も食わない夫婦喧嘩や
むつみ事が筒抜けになる
あけっぴろげの人間関係のなかで
泣いたり笑ったり
愚かさ丸出しの
いかにも起伏にとんだ市井の生活の中にこそ
本当の人生の面白さがあるのかも。
名優小沢昭一ここにあり。
その放浪癖と哀愁に
ふらふら、よろよろよろけながら生きる
自由さと、たくましさに、
乾杯。
おめでとうございます。
心より感謝。
本年もよろしくお願いいたします。
今日の朝、ドイツから帰ってきました。
さっそくブログを開くと、
大勢の方からのコミットがあり、
有難うございました。
身の引き締まる思いで、
書き連ねたいと思います。
始めてドイツに行きました。
ドイツっていい国ですね。
なんだかみんなマイウエイで。
まず、過剰に物が氾濫していません。
ホテルも楚々と必要なものだけがおいてあり、
とても清潔で、又掃除が行き届いてありました。
車窓からは雪が積もった中に絵本で見たような風景。
とがった屋根と裸形の木々と緩やかな丘などが
とても美くしゅうございました。
今回はドイツで第九を演奏するオケについて行ったのですが、
合唱団は現地のおじさんおばさん、お爺さんお婆さん方で、
それが、軽やかに第九を歌うのです。
勿論母国語ですから、彼らにとっては朝飯前でしょうが、
発声も自然な複式呼吸で、声量がありました。
特にバリトンのソロ歌手はみごとでした。
透明な声と言葉が会場中に響き渡り、
こんなにアーティキュレーションの利いた
第九のソロをはじめて聴きました。
今回キ-ルという港町で演奏したのですが、
日本のアマチュアオーケストラの若者達を
温かく迎えてくれました。
感謝、感謝。
さて帰りの飛行機の中で日本の新聞を読みましたら、
小沢昭一さんが「朝日賞」というのを受けられたとあり、
とてもうれしかったです。
この人の『小沢昭一的こころ』というのを
ずーとラジオで聞いていました。
日本の民衆の中の大道芸、や放浪役者の世界等を
面白おかしく、
哀愁を込めて語ってくれていました。
それと、おじさんの悲哀と自虐というか、なんと言うか
そんなことを、
時々声がひっくり返りつながら熱演し、
しかし、どこかに醒めた目があり、
すごい役者さんだと思います。
日本の音楽、特に演歌の世界は、
明治のアホだら教や乞食節、万歳など門付けの大道芸や
放浪芸にルーツがあり
私も昔このレコードを持っていました。
民衆の中の笑い、悲哀や諧謔、皮肉など、
かれらの生きてる息遣いがそのまま伝えられていました。
今の演歌よりずーっと幅の広いスタンスで
しかも洗練されていないいかがわしさや、泥臭さが、
そのまま民衆の世界をストレートに表現してあり、
とても面白かったです。
残念ながらそのレコードはどこかへ失ってしまいました。
現代はほとんどのことが綺麗に洗練されている分
人間のナマの息ずかいや心が
どーもカプセルに入っているみたいで、
物足らない気がします。
みんなが、
さも小奇麗に生きているように装っているようで・・・。
しかし以前にも書きましたが、
「志ん生」の落語に出てくる貧乏長屋の、
犬も食わない夫婦喧嘩や
むつみ事が筒抜けになる
あけっぴろげの人間関係のなかで
泣いたり笑ったり
愚かさ丸出しの
いかにも起伏にとんだ市井の生活の中にこそ
本当の人生の面白さがあるのかも。
名優小沢昭一ここにあり。
その放浪癖と哀愁に
ふらふら、よろよろよろけながら生きる
自由さと、たくましさに、
乾杯。
おめでとうございます。
心より感謝。
by denshinbashira
| 2006-01-02 20:10
| 小沢昭一
|
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