良寛の実像。 |
昨日パールマンのことを書きましたが、
娘が調べてくれたところ、
パールマンは子供のときに小児麻痺にかかり
その時以来両足が不自由だった様です。
私はてっきり最近のことと勘違いをしていました。
どうもスミマセンデシタ。
それにしても、楽器を弾く人ならわかると思いますが、
普通全身を使って演奏するに、
両足を踏ん張ることが出来ずに、
あのようなすばらしい演奏が出来るとは、
本当にスゴイです。
それと今度はお知らせ!
1月8日と10日に良寛のことを書きましたが、
良寛については理想化されたものが多い中で、
彼の出生の秘密などを通して
その実像に迫ろうとした本がありますので、
ご紹介します。
[良寛の実像」
田中圭一著 ゾーオン社刊 刀水書房発売
例によって、
勿論世間的にはマイナーの本ですが私は高く評価します。、
佐渡の高校の教師をされ、
その後群馬県立女子大学教授されているそうです。
私も拙著「原色の女」で高村智恵子のことを書きましたが、
高村光太郎、智恵子を理想化し美化した人たちから
その像を崩さないように、色々言われましたし
圧力もかかりました。
しかし、人間はそう理想的に生きているものではありません。
むしろ世間の脚光絵を浴びる人間ほど、
様々な問題を抱え込んでいる場合が多く、
田中氏の著書を読んで初めて、
私の良寛に対する疑問が解け、
又一人の人間として
生々しくイメージが広がってきました。
高村智恵子もそうですが、
なかなかしたたかな、
表と裏ををもっていて、
決して、美しく優しい理想の女ではありませんでした。
光太郎はかなり、美化しすぎている。
それも死んでから・・・。
高村家の玄関には、来客を覗く小さな窓があり、
たとえば室生犀星がまだ無名の頃、訪ねて行ったが
智恵子がその小窓からじろじろ
頭から足元まで眺め、
品定めをしたあげく、
ピシャっと窓を閉めて追い返されたそうである。
犀星は後日、
たぶん自分の身なりが貧相であったためであろうと、
今度はふるさとの九谷焼の立派な陶器を持って行き、
始めてとおされたと書いている。
かなりイヤナ女だったと思う。
しかし世間というものは、
勝手に理想化し美化して
逆に真実を知ることを恐れる傾向がある。
良寛もそうだし智恵子もそうだし
宮沢賢治もそうです。
たとえば豊臣秀吉なんかも
ルイス・フロイスなんかによると
織田信長はそれ相応に
武士の風格と品位があったらしいけど、
秀吉に関しては、
下品極まりない醜い男で
物凄い女狂いだったらしい。
それと自分の出自を隠すのに躍起になり、
随分むごいことばかりしたらしい。
ほんとにイヤナヒヒ爺だったらしいヨ。
良寛に戻ると彼の世間に対する醒めようは、
尋常ではなく、
わくら葉のようにに価値がない自分を
生きようとしており
あるとき托鉢をしている若き良寛に対して
農夫の老人が
お前は僧のクセにお経を唱えるでもなく
修業をするでもなく
ぶらぶらと何もしないのはナンということだと
説教されたが、
良寛はただただ頭を下げて
うなだれて聞いていたばかりだったそうだ。
そうじゃないんだよ爺さん!
本当にに超越しようとして
いっさい、捨てられるだけの執着を捨てて
命を天に預け、
騰々任運(運を天に任し、風のように生きる)の
修行をしていたんだよっ・・・。
まあこんなところですが、
興味があったら読んでください。
では、今日はコレまでとします。
ほんとうに良寛のようになりたいなー。
(独り言です。)

