鶏肉屋のおじさん。 |
このおじさんとこの鶏肉は、とてもおいしい。
肉厚で、でも食べるとやわらかくてジューシーで、
から揚げなんかはたまらない。
だから鶏肉料理のときは必ずおじさんの店まで買い行っていた。
しかし、お正月明けからずーッと店は閉まりっぱなしで、
人のけはいがない。
どうしたのかと心配したいた矢先に、
やっとおじさんに会えた。
「おじさんん店はどうしたの?」
「いやもう体が悪くて・・・。」
「まさかお店やめちゃうにの?」
「医者からストップがかかちゃって・・・」
「あんなにおいしい鶏肉だったのにさあ・・・」
「・・・・・・」
「ああ残念だなあー」
このおじさんの店の鶏肉は本当においしかったけど、
それは生肉だけで、
調理した、から揚げをはじめ、焼き鳥、ロールまきなどは、
いわゆる味付けがしょっぱくて、いまいちでした。
それに、お昼ご飯用に買いに行っても、
まだ品物が出ていなくてがらがらで、
こんな商売でいいのかなアーと
心配していました。、
風のうわさに聞くと、
数年前に奥さんを亡くしてから、すっかり気落ちして、
商売に身が入らなくなったらしい。
店に行くと、いつもおじさんは奥の畳に寝転んでいて、
ノロノロ起きて来る。
夕方行ってもショウウインドウの中は、
売れ残りがいっぱいあった。
私は行く度に「おいしい鶏肉だねえー」
とはげまし、時にはがゆくなって
「おじさん、やきとり、しょっぱいからさあー
もうちっと味を甘くしてサー、
モット売れる工夫シナヨ・・」
と言ったりしていた。
最後に買いに行ったとき
「この前買ったから揚げさー、ちょっとスッパかったよ、
あんななもん、売っちゃあだめだよ、信用にかかわるからさー」
といったら、おじさんは首をすくめていた。
買い始めた最初の頃、店先に春蘭が飾ってあった。
薄緑の小さな花が沢山咲いていて、
私がほめると、
それを鉢ごと全部くれようとしたので、
あわてて断った。
どう見ても正直者の親父にしか見えないおじさんを、
娘と私は、「ホンとに根のいい人なのに・・・」と
その行く先を案じていた矢先のことで、
本当に残念です。
まだ六十そこそこ位だと思う。
奥さんを亡くすということが
こんなに人を追い込んでゆくのかと、
つくづく思う。
生きているときはどうだったんだろう、
味付けはきっと奥さんの仕事だったんだよね!
きっとぽっかりと穴があいてしまったんだね。
夜遅く、スーパーに行ったとき、
買い物をしているおじさんをよく見かけた。
ひとりで夕食を調達しているように見えた。
人生の相方を失い一人ぼっちになってしまったんだネエ。
心が痛い。
もうあのおいしい鶏肉は食べれないが、
おじさんが早く元気を取り戻してほしいと
願っています。