2006年 03月 29日
底ぢから! |
このブログのトラックバックに記事を載せてくれる、
「クツナ先生のカウンセリング日記」というのがあります。
開いてみると、
学校で起こるさまざまな問題に取り組まれています。
そこで私も我が家での体験を書いて見ます。
私が子供の異変に気がついたのは、
長女が小学2年生のときです。
学校の先生に呼ばれ、
彼女が学校でほとんど口をきかないことを
告げられました。
家ではあんなにおしゃべりなのに。
何が原因かはわかりませんでした。
もう随分昔のことなので、
余計なことは全て省いて書きます。
最初は学校が悪いのかもしれない。
いじめられているのかも知れない、
ともおもいました。
実際いじめは、彼女が通っていた保育園の時からあったそうです、
が、
それはそれとして、
私には、思い当たることがありました。
本当は自分では認めたくナイ事。
それは私と夫との不和です。
仕事にかまけて全く家庭を省みない夫、
それに苛立ち、ヒステリーを起こし
子供にあたりちらす私自身。
激しい感情をもろ子供にぶつけて、
はけ口にしていました。
親として彼女を何とかしなければならないと
悩みました。
救い出さねばと・・・。
彼女の中でいったい何がおこっているのか。
それを詳しくしりたい。
表面的なことから、本質的なことまで・・・。
それが私がカウンセリングにかかわるきっかけとなりました。
何から手つけて解決の糸口を見出すか。
彼女の原因を作り出している私。
まず対象は私自身。
私自身の問題性に目を向けることから
入りました。
自分の感情をコントロールできない、
他人に依存して生きている、
自分がわががまだということに気がついていない、
そして大きな問題性として、
自他分離が出来ていない、
両親からの自立が出来ていない。
逆に言うと、両親に深層心理のところで、
いまだにコントロールされている。
ゆえに
客観性に欠け、
夫のことが理解できず、
要求するばかりで、彼を受け容れる努力を怠っている。
夫をダミーにして、本来
自分の両親と戦わなければならない攻撃を
彼に向けている。
自分が悪いんじゃないという、
自分を守りたいという欲求をねじ伏せて、
自分を解析していきました。
自分が悪いんじゃない、
学校も、保育園も、夫も、
みんな責任があるだろーと何度も思いましたよ!
でもそんなとこに責任転嫁しても所詮他人は、他人なんです。
自分が娘を救うしかない、
少なくとそれ以前に私自身から変わらねば、
まず私からね。
まず一番の原因。
幼い彼女が人間を、他人を怖れていること。
お母さんは、機嫌が悪くなるといつ豹変して、
私を襲ってくるか解らない。
このことから来る他人への恐怖。
彼女の心に刷り込まれたこの恐怖を取り除かなければならない。
いみじくもこれは私が両親から受けた傷、
お父さんの機嫌が悪くなると、
いつ折檻が始まるかもしれないという恐怖と人間観と
一致します。
私の傷がそのまま子供の中に写し出されました。
そしていつも夫に依存して、
取り越し苦労と不安を私にぶつけてきた母親の心理不安も
同様に娘の中に投影されました。
とにかく彼女を安心させるために、
毎日彼女を抱きしめて寝ました。そして、
私自身の大改革に取り組みました。
次から次へとさまざまな問題が出てくわでてくるわ、
苦しかったです。
自分のプライドがぼろぼろになりました。
やっと娘に回復の兆しが見えたのは、
小学校5年生のとき、
それまで黒とか灰色の洋服しか着なかった子が
赤いスカートがほしいと言いました。
赤です、
外へ向けて戦う感情の色です。
そして6年生の夏休み、
初めてラジオ体操に参加しました。
うれしかったですねえー
思い出します。
涙が出ます。
そして彼女の進学予定の公立中学では体罰が行われており、
なんとしても子供の自由が保障されている学校に彼女を入れるために、
まず私自身がそこの教員に就職しました。
でもその学校でも色々問題が起こりましたが、
まあ彼女自身もそこを何とか乗り越えていきました。
色々ありましたネエー。
たいへんでしたけど、
おかげさまで彼女は今、
物凄くユニークでオモシロイひとになりました。
色々な体験が肥やしになって、
本当に弱い人の心がわかる人間になりました。
時々このブログに登場する、「愛」チャンです。
学校なんて無理していかなくてもいいと思いますヨ。
まして学歴なんていらないし、
私の仕事上で、天才画家と思っている人は最終学歴中卒ですけど、
その見識も教養も群を抜いてすばらしいし、
作品はまさに超逸品です。
うちの娘も息子もフリーター!
しかし私は内心この子達は凄い!と
思っています。
何が凄いって!
それは、物事の一番大切なことに目を向けることが出来る!
自分の人生を築いてゆくための優先順位がわかっている。
ということですかねぇー。
子供は生まれた瞬間から学びが始まる。
その子の一番身近な大人が問われています!
「あなたはどう生きるの?」と。
いじめにあう子供は、
他人にあう前に
その一番身近な大人に
挫かれています。
挫かれた子供がなおさら他人にたちむかえるはずがナイ!
挫いた大人もじつはその両親なりに挫かれているのですが、
どこかでこの輪廻を歯止めせねばなりません。
子供たちに一番必要なのは、
このたいへんな人間世界を生き抜いてゆく生命力を養うこと。
とても抽象的ですが、
それには、型道理の価値観や、思いにとらわれていてはどうにもなりません。
世俗にとらわれず、
自分の心の奥にある本当の気持ちや思いと
きちんと向きあって、
自分以外の人間を信頼し、向き合って、
勇気を出して行動してこそ、
光の扉が開かれます。
私の最後のテーマであり、
このブログのテーマでもある、
私自身が最後にどのような人間観を持って死ぬか!
そして私が自分の中に刷り込まれた数々のトラウマを
どう克服して生き抜いて死ぬか、
それをやって見せてこそ、
親としての責任を果たせると思っています。
子供の全てを信頼することですね。
彼らは、決して弱くありません。
弱くさせているだけです。
彼らは底ぢからを持っています。
「クツナ先生のカウンセリング日記」というのがあります。
開いてみると、
学校で起こるさまざまな問題に取り組まれています。
そこで私も我が家での体験を書いて見ます。
私が子供の異変に気がついたのは、
長女が小学2年生のときです。
学校の先生に呼ばれ、
彼女が学校でほとんど口をきかないことを
告げられました。
家ではあんなにおしゃべりなのに。
何が原因かはわかりませんでした。
もう随分昔のことなので、
余計なことは全て省いて書きます。
最初は学校が悪いのかもしれない。
いじめられているのかも知れない、
ともおもいました。
実際いじめは、彼女が通っていた保育園の時からあったそうです、
が、
それはそれとして、
私には、思い当たることがありました。
本当は自分では認めたくナイ事。
それは私と夫との不和です。
仕事にかまけて全く家庭を省みない夫、
それに苛立ち、ヒステリーを起こし
子供にあたりちらす私自身。
激しい感情をもろ子供にぶつけて、
はけ口にしていました。
親として彼女を何とかしなければならないと
悩みました。
救い出さねばと・・・。
彼女の中でいったい何がおこっているのか。
それを詳しくしりたい。
表面的なことから、本質的なことまで・・・。
それが私がカウンセリングにかかわるきっかけとなりました。
何から手つけて解決の糸口を見出すか。
彼女の原因を作り出している私。
まず対象は私自身。
私自身の問題性に目を向けることから
入りました。
自分の感情をコントロールできない、
他人に依存して生きている、
自分がわががまだということに気がついていない、
そして大きな問題性として、
自他分離が出来ていない、
両親からの自立が出来ていない。
逆に言うと、両親に深層心理のところで、
いまだにコントロールされている。
ゆえに
客観性に欠け、
夫のことが理解できず、
要求するばかりで、彼を受け容れる努力を怠っている。
夫をダミーにして、本来
自分の両親と戦わなければならない攻撃を
彼に向けている。
自分が悪いんじゃないという、
自分を守りたいという欲求をねじ伏せて、
自分を解析していきました。
自分が悪いんじゃない、
学校も、保育園も、夫も、
みんな責任があるだろーと何度も思いましたよ!
でもそんなとこに責任転嫁しても所詮他人は、他人なんです。
自分が娘を救うしかない、
少なくとそれ以前に私自身から変わらねば、
まず私からね。
まず一番の原因。
幼い彼女が人間を、他人を怖れていること。
お母さんは、機嫌が悪くなるといつ豹変して、
私を襲ってくるか解らない。
このことから来る他人への恐怖。
彼女の心に刷り込まれたこの恐怖を取り除かなければならない。
いみじくもこれは私が両親から受けた傷、
お父さんの機嫌が悪くなると、
いつ折檻が始まるかもしれないという恐怖と人間観と
一致します。
私の傷がそのまま子供の中に写し出されました。
そしていつも夫に依存して、
取り越し苦労と不安を私にぶつけてきた母親の心理不安も
同様に娘の中に投影されました。
とにかく彼女を安心させるために、
毎日彼女を抱きしめて寝ました。そして、
私自身の大改革に取り組みました。
次から次へとさまざまな問題が出てくわでてくるわ、
苦しかったです。
自分のプライドがぼろぼろになりました。
やっと娘に回復の兆しが見えたのは、
小学校5年生のとき、
それまで黒とか灰色の洋服しか着なかった子が
赤いスカートがほしいと言いました。
赤です、
外へ向けて戦う感情の色です。
そして6年生の夏休み、
初めてラジオ体操に参加しました。
うれしかったですねえー
思い出します。
涙が出ます。
そして彼女の進学予定の公立中学では体罰が行われており、
なんとしても子供の自由が保障されている学校に彼女を入れるために、
まず私自身がそこの教員に就職しました。
でもその学校でも色々問題が起こりましたが、
まあ彼女自身もそこを何とか乗り越えていきました。
色々ありましたネエー。
たいへんでしたけど、
おかげさまで彼女は今、
物凄くユニークでオモシロイひとになりました。
色々な体験が肥やしになって、
本当に弱い人の心がわかる人間になりました。
時々このブログに登場する、「愛」チャンです。
学校なんて無理していかなくてもいいと思いますヨ。
まして学歴なんていらないし、
私の仕事上で、天才画家と思っている人は最終学歴中卒ですけど、
その見識も教養も群を抜いてすばらしいし、
作品はまさに超逸品です。
うちの娘も息子もフリーター!
しかし私は内心この子達は凄い!と
思っています。
何が凄いって!
それは、物事の一番大切なことに目を向けることが出来る!
自分の人生を築いてゆくための優先順位がわかっている。
ということですかねぇー。
子供は生まれた瞬間から学びが始まる。
その子の一番身近な大人が問われています!
「あなたはどう生きるの?」と。
いじめにあう子供は、
他人にあう前に
その一番身近な大人に
挫かれています。
挫かれた子供がなおさら他人にたちむかえるはずがナイ!
挫いた大人もじつはその両親なりに挫かれているのですが、
どこかでこの輪廻を歯止めせねばなりません。
子供たちに一番必要なのは、
このたいへんな人間世界を生き抜いてゆく生命力を養うこと。
とても抽象的ですが、
それには、型道理の価値観や、思いにとらわれていてはどうにもなりません。
世俗にとらわれず、
自分の心の奥にある本当の気持ちや思いと
きちんと向きあって、
自分以外の人間を信頼し、向き合って、
勇気を出して行動してこそ、
光の扉が開かれます。
私の最後のテーマであり、
このブログのテーマでもある、
私自身が最後にどのような人間観を持って死ぬか!
そして私が自分の中に刷り込まれた数々のトラウマを
どう克服して生き抜いて死ぬか、
それをやって見せてこそ、
親としての責任を果たせると思っています。
子供の全てを信頼することですね。
彼らは、決して弱くありません。
弱くさせているだけです。
彼らは底ぢからを持っています。
by denshinbashira
| 2006-03-29 10:34
| カウンセリングノート
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