汝自身を知れ・・・! |
持っている者は
ますます持つようになるが
持っていない者は
持っている物まで
剥ぎ取られると
書いてある。
この言葉は
貧しい者の味方であったイエスの道理に
反するようであるが
実は
人間を洞察した奥の深い言葉です。
又、
「汝自身を知れ」とはあの
ソクラテスの言葉ですが、
この言葉も深くて、
今日は
この二つの言葉をベースに
私自身が感じている
賢い人間と
愚かな人間について
書いてみます。
賢い人間は
「汝自身を知れ」の言葉どうり、
ありのままの自分を受け容れて生きています。
どんなに逆立ちしても
人間は完全ではアリマセンから、
自分の優れているところ
自分の劣っているところ、
または
欠落しているところを
よーく解っているということでしょうか。
だから
賢い人間は
自分を補完してくれる才能を持った人間を
まわりに配置しながら
事を進めて行き(生き)ます。
そこには一緒に事をなしとげようという
共同意識があり、
お互いが必要な人間であると
尊重します。
こういう人間は
自分の足りない所をどんどん補間統合して
聖書のことばどうり、
ますます持つようになるのです。
ところが愚かな
「汝自身を知らない」人間は
絶えず自分を過大評価し
自分が優れていることに
執着します。
いわゆる、
中身のない
プライドとでも言いましょうかネエー。
過大評価の裏には、
ものすごい劣等意識と
自己理想化があるのですが・・・。
このプライドは
些細なことですぐペチャンコになります。
そして自分を補完してくれる人間を
登用すことなどは
けとうも気づかず、
常に他人との対立枠のなかで
生きようとします。
他人との競争意識、
対抗意識
そして自分が優れていないと
落ち着かない。
常に自意識に取り付かれて
他人とこぜりあいばかりして
一生を終えるのでしょうかねえ。
こういう人の周りには
誰も集まってきません。
だから
事を成し遂げるためには
あまりにも未熟です。
持っているものすべてを
失ってから
気づくのでしょうかねえ・・・・。
以前の私は確実に愚か者でしたネエー。
独りよがりで、
いつも自分のことばかりが
頭を占めていました。
自分のありのままを受けいれることは
簡単なようですが、
生易しいことではアリマセン。
自分の劣等感を
凝視するのですからねえ。
人によっては
自分に劣等感なんてあるのかしら・・・?と
気づく事すらできない人もいます。
でも等身大の自分
ないトコだらけの自分を
すきだらけのアホな自分を
見つけた人こそ
ステキなんです。
ソクラテスのもう一つの言葉
「無知の知」
自分が無知である事を知る・・・・。
いいですネエー。
この自覚は
魔法の杖です。
学ぶこと、
そして
いろいろな才能を
集める磁石のような自分・・・・!
そんな人に出会いたいなあー。
一緒に仕事をしたいなあー!
なかなかいませんが・・・!
それにしてもソクラテス
あの時代に
人間の無意識に着眼しテイタなんて、
スゴイ!
でも死刑になって死にます。
このことを理解することができたなんてのは
ほんの一握りの人間だったのでしょう。
でも現代で
このことを理解し、
実感できている人間が
何人いるかというと、
それもおぼつかないかもしれませんね。
なかなか
大変なことです。

