2007年 03月 01日
芹澤鴨と河合義三郎! |
京都の観光は
あの新撰組の前身
壬生浪士組の屯所であった
八木邸から始まった。
八木邸では中年の女性が
当時の様子を詳しくせつめいしてくれました。
思っていたヨリ、
小さくこじんまりとした屋敷で
13名の浪士が共同生活していたなんてねー!
その屋敷の客間を芹澤鴨とその取り巻き5人が
陣取り、
小さな離れに近藤勇とそのグループ8人が
寝泊りしていたらしい。
芹澤鴨は浪士組の隊長であったのもかかわらず
好き勝手のし放題で
隊の規範を破り放題だったらしい。
酒を飲んでの狼藉はもとより
民家に放火したり、
町民を脅したりに
たまりかねて、
会津藩から粛清命令が
近藤らに出された。
酒に泥酔状態にされた土砂降りの夜
近藤らに殺される。
八木邸には近藤勇の木像があって、
よくみると、
剛直そうな男で
根は誠実そうだが・・・・、
見るからに
頭が悪そう・・・・!
思い込みの激しさや
柔軟性や教養より
武術一本といったかんじで、
これじゃあねー・・・?
芹澤鴨については、
当時7才であった八木家の息子の追想によれば、
書道が旨く、
歌を詠み何事にも造詣が深い教養人だったらしいが、
どこか破滅的で
人格が崩壊したアナーキストのような
厄介者だったようだ。
しかし
あの木像や他で見た近藤のツラの愚直さでは
とうてい芹澤鴨を御しきれる力量が有るとは思えない。
同様に
浪士組や新撰組において、
山南敬助や河合義三郎など大切な身内を、
死に追いやったことをナドを重ねても
やっぱりその度量の底の浅さを
感じてしまう。
時代を見抜く洞察りょく
人間を見抜く眼力
そして物の道理を思惟する能力など
つくづくと考えさせられました。
とくに山南敬助と河合義三郎については
残念無念さが
私の胸を塞ぎました。
とりあえず
河合義三郎、芹澤鴨のお墓に
合掌・・・・・。
よくがんばったね・・・・。
あの新撰組の前身
壬生浪士組の屯所であった
八木邸から始まった。
八木邸では中年の女性が
当時の様子を詳しくせつめいしてくれました。
思っていたヨリ、
小さくこじんまりとした屋敷で
13名の浪士が共同生活していたなんてねー!
その屋敷の客間を芹澤鴨とその取り巻き5人が
陣取り、
小さな離れに近藤勇とそのグループ8人が
寝泊りしていたらしい。
芹澤鴨は浪士組の隊長であったのもかかわらず
好き勝手のし放題で
隊の規範を破り放題だったらしい。
酒を飲んでの狼藉はもとより
民家に放火したり、
町民を脅したりに
たまりかねて、
会津藩から粛清命令が
近藤らに出された。
酒に泥酔状態にされた土砂降りの夜
近藤らに殺される。
八木邸には近藤勇の木像があって、
よくみると、
剛直そうな男で
根は誠実そうだが・・・・、
見るからに
頭が悪そう・・・・!
思い込みの激しさや
柔軟性や教養より
武術一本といったかんじで、
これじゃあねー・・・?
芹澤鴨については、
当時7才であった八木家の息子の追想によれば、
書道が旨く、
歌を詠み何事にも造詣が深い教養人だったらしいが、
どこか破滅的で
人格が崩壊したアナーキストのような
厄介者だったようだ。
しかし
あの木像や他で見た近藤のツラの愚直さでは
とうてい芹澤鴨を御しきれる力量が有るとは思えない。
同様に
浪士組や新撰組において、
山南敬助や河合義三郎など大切な身内を、
死に追いやったことをナドを重ねても
やっぱりその度量の底の浅さを
感じてしまう。
時代を見抜く洞察りょく
人間を見抜く眼力
そして物の道理を思惟する能力など
つくづくと考えさせられました。
とくに山南敬助と河合義三郎については
残念無念さが
私の胸を塞ぎました。
とりあえず
河合義三郎、芹澤鴨のお墓に
合掌・・・・・。
よくがんばったね・・・・。
by denshinbashira
| 2007-03-01 19:39
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