森進一こと森内一寛君! |
森内一寛君は私の小学校の同級生です。
二十数年前、
まだトーク番組が始まったばかりのころ、
先日亡くなられた岸田今日子さんと森内君と私で
テレビに出演しました。
あれ以来ご無沙汰だったのですが、
最近、雪の降りしきる中を
作詞家の川内康範氏に謝罪に行く姿をみました。
おふくろさんという歌をめぐっての
喧嘩らしい・・・・!
まあそれ以外にも川内氏との間で、
他のひとには解らない確執が
いろいろあって
それが一挙に火を噴いたのかもしれませんが・・・。
うちのヒロムディレクターが
テレビ局の歌謡番組でディレクターをしていた頃、
関係者に意地悪をして、弱いものいじめをする歌手と
森進一(森内君)のことを怒っていましたから・・・・。
森内君自身にも、
驕りがあったかもしれません。
それでもね。
それでも自分の歌をいっさい歌わせないというのは
とても意地悪です。
いけませんねえー!
今はこじれて
ねじれて
こんなにいがみ合うことになっていますが、
川内氏にとっても
森進一が自分の歌を歌ってくれたことで
いいことも、
たくさん、たくさんあったでしょう・・・!
お金もたくさん稼げたでしょう・・・!
演歌の星、森進一が歌って
その歌に生命を吹き込み
そして
「おふくろさん」は
大衆のなかに受け容れられ!
輝いているんじゃあーアリマセンか!
イワバ
二人で産み落とした
こどもでです。
二人で育てた
大切なこどもでしょう・・・・!
私には川内氏が
どこかで森進一を見下していているように
見えます。
本人はきづいていないかも知れませんが、
とても支配欲が強く
森内君の弱い立場を承知の上で
支配欲をかきたてているように見えます。
森進一が倣岸不遜でも
その後ろに何万といる大衆が
川内氏には見えなくなっている。
人生をかけて作った詩を
この日本の隅で一生懸命に生きている
大衆に、、
民衆に
プレゼントしたのではないのですか
川内さん・・・・!
森進一はイワバその通過点でしかアリマセンヨ!
森進一だって
川内氏の歌詞を、
おとしめようとか、
傷つけようとかで
あの
前歌詞をつけたのではないと思いすよ。
より自分らしく
ヨリ効果的に
みんなの心をつかもうとして・・という
気持ちだと思いますヨ。
タダ、教養が不足していたり、
考えが浅かったり
本人の不徳の至りがあったかもしれません。
でも
なんともけち臭い
低次元のいさかいです・・・。
幼い時に
お父さんが蒸発し
彼が小学生の頃、
お母さんと親戚の家を転々と渡り歩きながら
鹿児島までたどり着き
中学卒業と同時に
集団就職で東京に出てきて
蕎麦屋の岡持ちだとか
工員だとか
下積みの仕事を転々として、
たくさんの辛酸をなめて
やっと歌手として成功した森内君。
しかし苦労しながら
彼らを育てたお母さんは
自死してまいました。
どんな事情があったかは
知りませんが、
とても悲しい、
大変な人生ですね。
ちょうど森内君が小学5年生の頃
私がいた下関市長府町の親戚の家に
一家で居そうろうしていたらしいです。
その頃彼は新聞配達のアルバイトをやっていて、
時々私の家の塀に持たれて
私が練習するピアノの音を聞いていたらしいです。
当時、ピアノが在る家は
町に1、2軒しかなく、
それが珍しく
それで私に興味を持ったとのことでした。
今では遠い思い出になったけど、
辛いことを抱えて
懸命に生きていたあの頃の
森内一寛君に
戻って、
驕りを捨てて
初心に戻って
がんばって欲しいと
思います。
私たちもモウ60歳の還暦
最後の
ファイナルステージ
やりぬきましょう・・・・。

