2007年 04月 04日
スゴイ稀なる生命ツール! |
今日つくづく感たことは
脳は科学だということ・・・。
うちのバアチャンを見ていると
脳がほとんどぶっこわれて
自己コントロール不可能な中で
刺激に反応する形で、
行動が起きている。
その行動反応の動機のところは
いわゆるダイレクトな自己防衛で
ひたすら自己中心的な
自己防衛である。
それを見ていると
人間のこころとか
魂とか霊とかの神秘性は感じられず
それより自分の生命保全に直結した
利己的行為の連続で
おまけに自分を正当化する嘘までつく、
生物的科学反応のように
おもいます。
本人に嘘をついている自覚は皆無で
自分の行動の根拠を説明するために
彼女が考え付くというか、
イメージできるこで自己を合理化し
説明をつけている。
そういう彼女を観察していて
まさに人間は
自己の行動の合理化の延長上に、
自分が知りえない他者の行動および
社会現象を
こころとか、魂とか
霊とか・・の
不可視の神秘現象として意味づけた様に
思えます。
しかしそういう神秘性には見えない世界特有の
不安や恐れが付きまといます。
又不安や恐れはその類推や
推測を産み、
それによって私たちの自我が脅かされるということも
起きてきます。
極論ですが、
いっそそういうもの(こころ 魂 ナド)はナイとして
自分および他人の行動を受け入れたほうが
もっと人間は生きやすくなると
思うのですが
どうでしょうか。。。!
(凄いことを言ってますね・・・私は、オヨヨ!)
こころや魂とは
自己と他者の接点が一致し
自分の孤独と他人の孤独が
一瞬にして
同心円化したときの感動・・・では!
と
これも極論かああー!
つまり
極めてシンプルに、。
人間は遺伝的に踏襲した自分のスキルに
その育成過程で収集した情報とスキルを
加え、
常に軌道修正しながら、
生きてゆく。
ゆえに人間は個々に全く違う世界を生きており
かろうじて
時代認識や共同幻想のコンセンサスをとって、
お互いに生きているが、
実は多くの関係は、
断絶しているという共同認識を持つことです。
断絶したものがその不可視的世界から、
お互いを探りつつ
交流点を見つけてかろうじて
コンセンサスやコミュニケーションをとっていて
そういう至難の技の中で
私たちが共生しているんだ。。という
コンセンサスです。
逆に
こころとか
魂とかいう
在るかないかわからないもの
また、
見えないものを介在させることで
不安や恐れが
どんどん人間を
追い詰める。。。と
私はおもいますが・・・・・。
スゴイ極論ですかネエー!
とにかく脳というのは
極めてシンプルに刺激に反応をし
瞬時にして
その人間の行動の方向性をはじき出す
しかもその人間の情動までをも
考慮に入れて・・・デス。
生きるために最も強力な味方は
自分の脳で
そしてもッとも足を引っ張るのが
不安や恐れです。
くどいですが
脳は個人個人が断絶しており、
時代の情報を共有しながら私たちは生きており、
その環境の中で
他人と自分の境目を明確に自己認識し、
また相互に認識し、
故に
他者に囚われず
自己を行く・・。又
自己に固執せずに他者を受け入れる・・・。
こういうことが一般社会まで浸透していったときに
私たちは本当に楽チンに
生きれるかも知れないなあーと
おもいました。
それにしても
脳とは
スゴイ稀なる
天才的な
生命ツールですね。
脳は科学だということ・・・。
うちのバアチャンを見ていると
脳がほとんどぶっこわれて
自己コントロール不可能な中で
刺激に反応する形で、
行動が起きている。
その行動反応の動機のところは
いわゆるダイレクトな自己防衛で
ひたすら自己中心的な
自己防衛である。
それを見ていると
人間のこころとか
魂とか霊とかの神秘性は感じられず
それより自分の生命保全に直結した
利己的行為の連続で
おまけに自分を正当化する嘘までつく、
生物的科学反応のように
おもいます。
本人に嘘をついている自覚は皆無で
自分の行動の根拠を説明するために
彼女が考え付くというか、
イメージできるこで自己を合理化し
説明をつけている。
そういう彼女を観察していて
まさに人間は
自己の行動の合理化の延長上に、
自分が知りえない他者の行動および
社会現象を
こころとか、魂とか
霊とか・・の
不可視の神秘現象として意味づけた様に
思えます。
しかしそういう神秘性には見えない世界特有の
不安や恐れが付きまといます。
又不安や恐れはその類推や
推測を産み、
それによって私たちの自我が脅かされるということも
起きてきます。
極論ですが、
いっそそういうもの(こころ 魂 ナド)はナイとして
自分および他人の行動を受け入れたほうが
もっと人間は生きやすくなると
思うのですが
どうでしょうか。。。!
(凄いことを言ってますね・・・私は、オヨヨ!)
こころや魂とは
自己と他者の接点が一致し
自分の孤独と他人の孤独が
一瞬にして
同心円化したときの感動・・・では!
と
これも極論かああー!
つまり
極めてシンプルに、。
人間は遺伝的に踏襲した自分のスキルに
その育成過程で収集した情報とスキルを
加え、
常に軌道修正しながら、
生きてゆく。
ゆえに人間は個々に全く違う世界を生きており
かろうじて
時代認識や共同幻想のコンセンサスをとって、
お互いに生きているが、
実は多くの関係は、
断絶しているという共同認識を持つことです。
断絶したものがその不可視的世界から、
お互いを探りつつ
交流点を見つけてかろうじて
コンセンサスやコミュニケーションをとっていて
そういう至難の技の中で
私たちが共生しているんだ。。という
コンセンサスです。
逆に
こころとか
魂とかいう
在るかないかわからないもの
また、
見えないものを介在させることで
不安や恐れが
どんどん人間を
追い詰める。。。と
私はおもいますが・・・・・。
スゴイ極論ですかネエー!
とにかく脳というのは
極めてシンプルに刺激に反応をし
瞬時にして
その人間の行動の方向性をはじき出す
しかもその人間の情動までをも
考慮に入れて・・・デス。
生きるために最も強力な味方は
自分の脳で
そしてもッとも足を引っ張るのが
不安や恐れです。
くどいですが
脳は個人個人が断絶しており、
時代の情報を共有しながら私たちは生きており、
その環境の中で
他人と自分の境目を明確に自己認識し、
また相互に認識し、
故に
他者に囚われず
自己を行く・・。又
自己に固執せずに他者を受け入れる・・・。
こういうことが一般社会まで浸透していったときに
私たちは本当に楽チンに
生きれるかも知れないなあーと
おもいました。
それにしても
脳とは
スゴイ稀なる
天才的な
生命ツールですね。
by denshinbashira
| 2007-04-04 19:16
| 心の鍵をはずそう!
|
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