自燈の明かりをめざして・・。 |
小学校に上がってからも、
漫画を読むことを禁じられ、
ひたすら文学の本を与えられ
そのせいか、
いつも自分の内面と向き合いながら、
生きてきた気がします。
成人して結婚後も他人を
その内面から理解しようとして
随分苦しみました。
今から思うと自分の器以上のことを
無謀にやろうとして
なんとも若かったと
思います。
あるときどうしてもその人間が許せなく
しかし
それは彼女の内面の弱さ故のことと
頭で受け入れようとしても、
どうしても受け入れられない自分を
処することができず、
苦しさのあまり
カソリックの教会に飛び込みました。
そこで聖書を読み
心が震え
洗礼をうけました。
その洗礼を受ける前に
シスターから言われたことが、
今も頭に残っています。
それは、
「神様はあなたを、人間を、
完璧なものとしてこの世においています。
だから祈るとき自分のことを
この貧しい私とか、
おろかな自分・・という言葉で
低めては、いけない。」
と戒められました。
外国人のシスターで、
いわゆる謙遜の美徳とか
或いは神への依存ではなく、
自分の中に神の御業を見て生きなさいという、
見識の高いおしえだったと
思います。
昨日書いた足利義政も、
禅の世界に深く帰依していたようで
禅の教えのなかにも、
「自燈明」という
「自分自身の中にある光を拠り所にして
生きろ」というものがあるようです。
足利義政は禅だけでなく、
天台宗真盛の浄土思想にも惹かれていたようで、
すべての人間の中の仏性を信じていたのでしょうか・・・?
目の前で起きている手のつけられない、
地獄絵のような現実を
傍観しながらも、
そこに取り込まれることなく
人間の原理的な生き方と救いを求めて、
自分の世界観を創造して生きたように
私にはおもえます。
その現実の中でもみくちゃにされ、
潰されずに、生きるには
どうしたらいいか・・。
彼は現実を突き放し、
一見逃避のように傍観し、
しかし一方で
自分だけにできうることとして、
思想と芸術の世界に、
入り込んで行ったのかもしれない。
彼の芸術の世界は
絢爛豪華な美ではなく、
きわめて個人的な幽玄の世界で、
簡素な秩序と
静寂と自己集中の世界・・。
そこは
孤高の美しさと同時に
周囲との一体という
いわば、
人間の存在の仕方の原型でもあるようにも
思えます。
あの水辺の葦、
銀閣寺の存在の仕方のように・・・!
孤高でありながら
周囲の風景のなかに溶け込んで・・・。
人間がいつも矛盾を孕みながらしか
存在できないように、また、
どこかに破綻の破れを持ってしか、
生きれない様に・・。
義政も閉じこんだ自分の破れ目から、
幽かに光を見ていたかもしれないと
私は勝手に思っています。
その破れ目からおぼろげにさす光こそは
かすかなる希望のひかりであり、
義政が自分を生かすための
選び抜いたそれが、
やがてそれが日本人の暮らしの
原型として残っていきました。
そこにあるのは、
もしかしたら、
日本人の、
奥ゆかしい心情そのものかも、
知れません。
私自身がいつもいいなーと
思う芸術作品は
どこか破綻と破れ目をもつバランスの悪いもので、
きっと自分を投影しているのだとおもいます。
このところ、
すっかり自信を失い
さまよっていた自分から、
それでも
銀閣と義政を書きながら
少しずつ自分の生きるスタンスを
もう一度つかみなおしている自分がいます。
方丈記の水の泡のごとく、
おぼろげながら、しかし自在に
かすかながらも自燈の明かりをめざして、、
また明日からがんばって
いきます。
長い文にお付き合いいただき
ありがとう
ございました。