2007年 05月 13日
持たない者は、持っているものまで取り上げられる・・・。 |
わたしが年をとっても絶対こんなものは、
はかないぞー・・・!と
若き日に決めていたのに、
トウトウそれを平気ではいている自分がいる・・・とほほ、
ナイロンのソックス・・・・!
あの、おばさんがはくソックスです、ダサイ・・・!
新約聖書の中の言葉で、
ちょっと難解だが、
意味の深い言葉があります。
以前にもご紹介したと思いますが、
「誰でも、持っている者は、与えられて豊かになり、
持たない者は、持っているものまで、
取り上げられる。」
※マタイ伝第25章より、
イエスのたとえ話です。
農園の主人が旅に出かけるに当たって、
そのしもべたちの能力に応じて、
5タラント、2タラント・1タラントのお金を渡して出かける。
5タラント、と2タラントを受け取ったものは、
主人のるすの間に、それぞれが才覚を使い、
倍にして主人にかえすが、
1タラントを預かったものは、
それを有用せず地を掘って隠した。
その無能さを怒った主人は
その1タラントを彼から取り上げて、
5タラントを預かった者に、与えた。
そのときイエスがこの言葉を吐くのである。
主人(神)を信じ、自分の能力を最大限に使うものは
どんどんその能力を発揮して豊かになるが、
主人も自分も信じられず、
せっかくの能力を隠してしまう者は、
持っている能力さえ
ダメにしてしまう・・・。
聖書はキリスト教の伝道書ですから主人とは、
おおいなる神のコトですが、
私は主人を
潜在的な自己=ハイヤーセルフとして
潜在的にアル自分の能力を=主人
自分とは表面意識で感じる自分のこと・・と
置き換えるといいと思います。
それにしても、
2000年前のイエスの人間観察というか
その洞察の奥の深さに感心します。
コレは今風に言えば
「脳」の機能というものが、
自分の今の力を最大限に使って、
新しいことに挑戦していけば行くほど、
新しいニューロンが結合していき、
能力は開発されていく、
ということで、
その根底には
確固たる自己信頼と、
自己肯定が必要である・・・と。
まわりを見回すと、
どういう訳か、
能力があるのに、
自分を発揮できていない人が
たくさんいます。
ほとんどが
自己不信というか
自分を信じきれず、
他人をも信じきれず・・・。
見えない社会の縛りとか、
思いこんでいる人間関係のしばりに
深層心理でブレーキがかかっているように
おもいますが・・・・。
日本の社会そのものが、
江戸の昔から、
権力者が社会を管理するために、
出過ぎたものを打つという、
集団をいつだつするもの、
或いは異端な者を排除するという、
村社会を脱皮できていないため、
本当に有能な人間の開発ができていない・・。
一時、
有能な脳はみんな国外に行ってしまった時代も
ありました。
わたしが大学生の頃、
べビーシッターのアルバイトをさせてもらっていた
アメリカ人夫婦は、
日本の「会社」を研究する為に留学して来ていた。
高度成長期のときには
その村的結束力の「会社」が有効に力を発揮し、
欧米から見たら、
研究の対象になったかもしれないが、
どんどん人がバラけて生きるようになっている現代は、
逆に、そこンところを
脱皮しないと
どうにもならない・・・。
日本人の組織や社会に対する依存と思い込みを、
ナントカしないと・・・。
つまり、
出る釘は打たれるじゃなく、
スコシは逸脱しようが
孤立しようが
引きこもろうが、
貪欲に自分を追求して
自己開発をするほうに、
方向チェンジしないと、
日本、および日本人は
損ばかりするとおもうよ・・・。
損どころかもったいナーイ!
多分今の大人というか40代以上に
その問題意識がないのかも・・・。
やっと、日本は
あの三河武士徳川の呪縛から、
つまり、巧妙に組織された集団体系の呪縛から
抜け出ようとする人種が現れたと、
最近の若者を見て
スコシ安心・・・。たとえ自己中だろうともね・・・。
みんなのブレーキが外れだしたら
この国には豊か才能があふれ出してくると
思います・・・・。
はかないぞー・・・!と
若き日に決めていたのに、
トウトウそれを平気ではいている自分がいる・・・とほほ、
ナイロンのソックス・・・・!
あの、おばさんがはくソックスです、ダサイ・・・!
新約聖書の中の言葉で、
ちょっと難解だが、
意味の深い言葉があります。
以前にもご紹介したと思いますが、
「誰でも、持っている者は、与えられて豊かになり、
持たない者は、持っているものまで、
取り上げられる。」
※マタイ伝第25章より、
イエスのたとえ話です。
農園の主人が旅に出かけるに当たって、
そのしもべたちの能力に応じて、
5タラント、2タラント・1タラントのお金を渡して出かける。
5タラント、と2タラントを受け取ったものは、
主人のるすの間に、それぞれが才覚を使い、
倍にして主人にかえすが、
1タラントを預かったものは、
それを有用せず地を掘って隠した。
その無能さを怒った主人は
その1タラントを彼から取り上げて、
5タラントを預かった者に、与えた。
そのときイエスがこの言葉を吐くのである。
主人(神)を信じ、自分の能力を最大限に使うものは
どんどんその能力を発揮して豊かになるが、
主人も自分も信じられず、
せっかくの能力を隠してしまう者は、
持っている能力さえ
ダメにしてしまう・・・。
聖書はキリスト教の伝道書ですから主人とは、
おおいなる神のコトですが、
私は主人を
潜在的な自己=ハイヤーセルフとして
潜在的にアル自分の能力を=主人
自分とは表面意識で感じる自分のこと・・と
置き換えるといいと思います。
それにしても、
2000年前のイエスの人間観察というか
その洞察の奥の深さに感心します。
コレは今風に言えば
「脳」の機能というものが、
自分の今の力を最大限に使って、
新しいことに挑戦していけば行くほど、
新しいニューロンが結合していき、
能力は開発されていく、
ということで、
その根底には
確固たる自己信頼と、
自己肯定が必要である・・・と。
まわりを見回すと、
どういう訳か、
能力があるのに、
自分を発揮できていない人が
たくさんいます。
ほとんどが
自己不信というか
自分を信じきれず、
他人をも信じきれず・・・。
見えない社会の縛りとか、
思いこんでいる人間関係のしばりに
深層心理でブレーキがかかっているように
おもいますが・・・・。
日本の社会そのものが、
江戸の昔から、
権力者が社会を管理するために、
出過ぎたものを打つという、
集団をいつだつするもの、
或いは異端な者を排除するという、
村社会を脱皮できていないため、
本当に有能な人間の開発ができていない・・。
一時、
有能な脳はみんな国外に行ってしまった時代も
ありました。
わたしが大学生の頃、
べビーシッターのアルバイトをさせてもらっていた
アメリカ人夫婦は、
日本の「会社」を研究する為に留学して来ていた。
高度成長期のときには
その村的結束力の「会社」が有効に力を発揮し、
欧米から見たら、
研究の対象になったかもしれないが、
どんどん人がバラけて生きるようになっている現代は、
逆に、そこンところを
脱皮しないと
どうにもならない・・・。
日本人の組織や社会に対する依存と思い込みを、
ナントカしないと・・・。
つまり、
出る釘は打たれるじゃなく、
スコシは逸脱しようが
孤立しようが
引きこもろうが、
貪欲に自分を追求して
自己開発をするほうに、
方向チェンジしないと、
日本、および日本人は
損ばかりするとおもうよ・・・。
損どころかもったいナーイ!
多分今の大人というか40代以上に
その問題意識がないのかも・・・。
やっと、日本は
あの三河武士徳川の呪縛から、
つまり、巧妙に組織された集団体系の呪縛から
抜け出ようとする人種が現れたと、
最近の若者を見て
スコシ安心・・・。たとえ自己中だろうともね・・・。
みんなのブレーキが外れだしたら
この国には豊か才能があふれ出してくると
思います・・・・。
by denshinbashira
| 2007-05-13 19:01
| 心の鍵をはずそう!
|
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