2007年 06月 05日
地べたと覚悟・・・! |
この前、覚悟と地べたの事をぐちゃぐちゃ書いたけど、
実はあれはものすごく大切な事で、
そこをわかっていない人がたくさんいる。
物事の基本のキは
地べたと覚悟があることで、
多くの特に、日本人は、
この地べたを否定して、覚悟もなく、
空中に絵を描くことばかり追いかけているように
わたしゃ見えます///・・・。
自分からみてダメだろうが
アホだろうが
グジュグジュ、ジクジクだろうが
とにかく自分という地べたがない事には
その上に何も打ち立てられないからね・・・。
何も付け加えられないからね・・。
まず自分の全肯定・・・。
これなかなか難しいよ・・・。とくに
反省癖、内向癖、のあるヤツ、そして
いい人間癖のあるヤツもね・・・。
人間は一人なの
いい人間も悪い人間もないの・・。
それぞれ自我という
やっかいなトゲをもって生きている
自分があるだけ・・。
生きる事はトゲとトゲがぶつかって
トラブルことが前提です。
このところ「意識」についてたくさん本を読んだけど、
意識というのは
脳発電所のクオリアの変換、再生、統合装置で、
生命の保全と維持のために
不思議な増幅を重ねてくれる
すごい機器なんです。
そして生命という有機細胞との連動で、
感情がそのゆきすぎや危機に
歯止めをかける役割をしている。
つまり自分が収集したデーターとの突合せで、
新しい刺激、情報が来たときに
それを受け入れるかどうかの関所として
感情が
生命体である体に異常をきたさないように
現状維持のブレーキ」をかけると言う訳です。
だからまず、
感情に対してOKを出す事。つまり
ジクジクでもうじうじでもアホでも」だめでも
俺はこれでいいんだ。。と
そして自分は何がきても
大丈夫という覚悟の
許可証を出さないことには
話が始らないってわけです。
逆に言うと地べたを肯定できず
覚悟のないヤツは
いつもこの感情ブレーキの過剰で足踏みばかりして
厄介な自我との格闘で人生をおえる。
感情もすごい道具だから、それが
濁っていたり、淀んだり、捻じ曲がっていると、
正確な情報をくれないよ・・。
逆にそいつらに取り付かれて
不安と恐れに突き落とされる・・。
今日あるブログで若者が
あふれる情報について書いていたが、
あふれる情報から一筋の金の鉱脈を探し出すのは、
まず自分の感情の純化が
必要だと私はおもいます。
自分の感情をヨーク精査しておくと、
不純なもの、まやかし、うそを見抜くことができます。
この場合も、
まず自分という地べたにたいする、
絶対的な信頼がないと不可ですが・・。
徹底的に自分の心に起きてくる感情を信頼しないとね・・・。
人間のカラダ、生命体は、真実を見抜くセンサーを体中に
持っているはずなんだ。
だから、たいがいの事はカラダが反応している。
特に違和感のあること、
明らかに不快なことなどは
曖昧にせず精査」すること。
そこんところを濁して
適当に妥協して生きていると
真実の見分けをつける能力は
退行するに決まっているでしょう・・・。
精査して
相手やその対象がおかしいのか、
自分のほうに問題があるのか
きちんと見分ける。
これはチョッと覚悟がいる、
なぜなら、
自我の現状維持装置が
自分の前に立ちはだかるからね。。
カラダは変化を好まないからね・・。
よっぽど正直に自分をみつめないとね・・。
人間の意識も感情も大変優れた自分を生かす
脳のツールです。
このツールのおかげで人類は
えらい進歩をとげました。
多くの人が,
現状維持と自己防衛のために
これらの使い方を間違えていると
あたしゃ思いますけど・・・?
よけいなものはさっさと捨てて、
身一つで生きる覚悟ができたら、
さーッ
GOー、GOーだ・・!
では。
実はあれはものすごく大切な事で、
そこをわかっていない人がたくさんいる。
物事の基本のキは
地べたと覚悟があることで、
多くの特に、日本人は、
この地べたを否定して、覚悟もなく、
空中に絵を描くことばかり追いかけているように
わたしゃ見えます///・・・。
自分からみてダメだろうが
アホだろうが
グジュグジュ、ジクジクだろうが
とにかく自分という地べたがない事には
その上に何も打ち立てられないからね・・・。
何も付け加えられないからね・・。
まず自分の全肯定・・・。
これなかなか難しいよ・・・。とくに
反省癖、内向癖、のあるヤツ、そして
いい人間癖のあるヤツもね・・・。
人間は一人なの
いい人間も悪い人間もないの・・。
それぞれ自我という
やっかいなトゲをもって生きている
自分があるだけ・・。
生きる事はトゲとトゲがぶつかって
トラブルことが前提です。
このところ「意識」についてたくさん本を読んだけど、
意識というのは
脳発電所のクオリアの変換、再生、統合装置で、
生命の保全と維持のために
不思議な増幅を重ねてくれる
すごい機器なんです。
そして生命という有機細胞との連動で、
感情がそのゆきすぎや危機に
歯止めをかける役割をしている。
つまり自分が収集したデーターとの突合せで、
新しい刺激、情報が来たときに
それを受け入れるかどうかの関所として
感情が
生命体である体に異常をきたさないように
現状維持のブレーキ」をかけると言う訳です。
だからまず、
感情に対してOKを出す事。つまり
ジクジクでもうじうじでもアホでも」だめでも
俺はこれでいいんだ。。と
そして自分は何がきても
大丈夫という覚悟の
許可証を出さないことには
話が始らないってわけです。
逆に言うと地べたを肯定できず
覚悟のないヤツは
いつもこの感情ブレーキの過剰で足踏みばかりして
厄介な自我との格闘で人生をおえる。
感情もすごい道具だから、それが
濁っていたり、淀んだり、捻じ曲がっていると、
正確な情報をくれないよ・・。
逆にそいつらに取り付かれて
不安と恐れに突き落とされる・・。
今日あるブログで若者が
あふれる情報について書いていたが、
あふれる情報から一筋の金の鉱脈を探し出すのは、
まず自分の感情の純化が
必要だと私はおもいます。
自分の感情をヨーク精査しておくと、
不純なもの、まやかし、うそを見抜くことができます。
この場合も、
まず自分という地べたにたいする、
絶対的な信頼がないと不可ですが・・。
徹底的に自分の心に起きてくる感情を信頼しないとね・・・。
人間のカラダ、生命体は、真実を見抜くセンサーを体中に
持っているはずなんだ。
だから、たいがいの事はカラダが反応している。
特に違和感のあること、
明らかに不快なことなどは
曖昧にせず精査」すること。
そこんところを濁して
適当に妥協して生きていると
真実の見分けをつける能力は
退行するに決まっているでしょう・・・。
精査して
相手やその対象がおかしいのか、
自分のほうに問題があるのか
きちんと見分ける。
これはチョッと覚悟がいる、
なぜなら、
自我の現状維持装置が
自分の前に立ちはだかるからね。。
カラダは変化を好まないからね・・。
よっぽど正直に自分をみつめないとね・・。
人間の意識も感情も大変優れた自分を生かす
脳のツールです。
このツールのおかげで人類は
えらい進歩をとげました。
多くの人が,
現状維持と自己防衛のために
これらの使い方を間違えていると
あたしゃ思いますけど・・・?
よけいなものはさっさと捨てて、
身一つで生きる覚悟ができたら、
さーッ
GOー、GOーだ・・!
では。
by denshinbashira
| 2007-06-05 10:34
| 心の鍵をはずそう!
|
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