生まれたことに、とまどって・・! |

「生まれたことに、とまどって・・・!」
上の言葉は、
金子晴香さんの版画を見るたびに,
私の頭にリピートする
言葉です・・。
私たちの原点はみな、
生きることにとまどっている自分・・・だろうと、
私は思うのです。
現に私はこの60年間、
どう生きたらいいのかという
迷いの中に
いつもいましたし、
今もいます。
何を優先したらいのか,
それともジーッとこらえて生きたらいいのか。。?
戦後、生き方の
お手本というものが
ことごとく崩壊した時代に生きている。。
いや、もともとお手本なんて
ないのかも知れませんが・・・・・!
生きながら
自分の正直な欲求が
決してそのまま通らない事を
思い知らされましたし・・・。
社会にはいちおう正論らしきものがあり、
時にはブルドーザーでなぎ倒すように、
その正論がまかりとおります。
時に私は無力な虫けらです。
本当はそんなモン(正論)なんか
あるはずないんです・・。
お互いの生存のバランスを取るために人間は
相手や、
外的世界を仮想して
集団の
幻想的共有社会を作り、
掟をつくり
それを現実と思い込んでしまいます・・;・。
そして、
いつのまにか、
恐ろしい事に、
こうあらねばならない、という
その仮想幻想が
社会のヘゲモニーをにぎってしまいます。
その仮想と逆立して
個の世界がありますから、
その個がどんどん風化して、
最後に来るのがファシズムです。
北朝鮮のように・・ね。
もし
アーティストが本当に正直ならば、
このとまどいを表現せずにはいられないでしょう。
本当はどう生きたらわからず、
呆けて立ち尽くしている自分が
あるはずです。
この版画のように・・・ね。
意識は幻想であり、
現実の真実は
無意識の領域にあります。
自我コントロールの及ばない無意識レベルの
表出こそ
実はリアルに
現代を現実を透写している・・と
わたしは思っています。
だからこそ、
その幻想から逸脱している、
アーティストの目を通してみた世界のが貌が
面白いとおもうのです。
意識(仮想現実、既成観念)のうえでこねくりかえした作品なんか
ちっとも面白くありません。
そこをつきぬいていないとねえー・・・。
※意識でこねくり返した究極は
闇(真っ黒)だと
私は思っています。
内藤さんや晴香さんの作品は、、
作為をすてて
作家が無防備に立ってます。
だから闇の中に、
一筋の光(希望)が
みえる・・・・。
オモシロイですねえー!
その透写した目と感性で表現するアートは、
時代の鍵を持っていると思います。
その人々は決して
本流、主流にはおらず、
ひっそりと
世間(社会)から疎外されているか、
または社会の価値の埒外に住んでいるような
気がします。
その視点を私が共有するために、、
私自身が社会の
仮想現実に取り込まれることなく、
群れから逸脱した位置に
自分を立てて生きていなくては・・・と
いつも思っているんですね・・・。
遠く群れから離れて、
全景が見える位置に
立っていなくてはね・・・。
そうおもいます。

