2007年 09月 01日
容姿コンプレックス・・・! |
TBSのお天気キャスター森田さんを見ていて
ふっ・・と
森田さんがそのまま素敵なように
私もこの容姿がいいんだなあー・・と
自分を受け入れた。
私にはいつも容姿のコンプレックスがあって
頭ではわかっていても
どうしても太っている自分を受け入れられない。
人間の魅力は中身だ・・と自分に言い聞かせていても、
どこかでスタイルのいい人をうらやんでいました。
歳を経るごとにあきらめもついて
そのコンプレックスの比重も少なくなってはいましたが、
やっぱりデザイナーの服を着てみたいとか
切れ味のいい格好をしてみたいとかの
色気はまだまだ・・あって
しかし
それを思うたびに
逆に思い知らされて
いました。
でも最近,
もう
最後のステージになりつつある自分の
最終課題として
丸ごと自分の自己受容・・を
ずっと考え続けていましたら、
あの小太りの森田キャスターの素敵さに
一瞬のうちに目が覚めました。
この人の素敵さに
容姿の事なんかまったく関係ない・・と
自分の胸がすとんとおちました。
その瞬間
あたしだって、そうさ・・・!と。
あたしの素敵さは容姿なんて誰も思わないヨ!
私の中のマグマのように燃えている情熱や
生きる事を追求して、貪欲に本を読み考え
そして常に自分をミキシングして
心が固くならないように努力して
そこがいいんだ・・・。
一瞬の自己受容でした。
頭じゃあなくて
カラダが自分を受け止めた・・って感じです。
前にもこういうことがたくさんありました。
頭で解析しナットクしても、
どうしてもからだが受け入れず、
コンプレックスがカラダを走ってしまいます。
そういう状態が長ーく続いて、
時には何年も続いて・・・。
あるとき
何かをきっかけに
一瞬にして
悟る・・・。
なかなかしんどい事です。
でもそういう風にして
着物を一枚、一枚脱いでいくしかない。
機が熟すまでに
年月がかかり、
意識ではなく
カラダと心(意識)の両方が一瞬に一体化するとき
科学変化がおきるのかなあーと
思います。
若い頃から小太りで、
同年の人より老けて見られます。
父ちゃんと一緒に銀行へ行ったとき
「こちらお母さんですか・・」とイワレ
殴り殺そしてやろうか・・と
思いました。(笑い)
深く傷つきました。
そのときね・・。
しかしそれも、
もしかしたら私自身のあこがれが
老成する事にあるからかも
しれません。
老成し、
はやく煩悩から開放されたいと
20代の頃から思っていましたから・・。
映画「八月の鯨」のベティ・デイヴィス演じる、
リビーのように
毒が抜けて、
風のように生きているおばあさんに
なりたいなあーと
あこがれています。
時の流れや現実やすべての事に
さからわず、
あるがままのおばあさん・・それも
淑女のね・・。
そういえば彼女も髪の毛がくしゃくしゃで、
顔はしわくちゃ、
容姿のほうはまったくダメだけど、
気難しいけど美しく、
貴婦人のような
リリアン、ギッシュより
ずっと愛らしかったです・・、
私の目には・・・。
そもそも人間の生きる事は
自我そのものが自然と対立し
格闘し征服し、そういう中に
生身の私達がいますが、
歳をとるということが、
自我のなかの毒やよどみが風化していくことならば
最後は
風のように
水のように
空気のように
自分がほどけていく事かなあーと
思います。
そういうとこまで
いけたらいいです。
そういう
とこまで
ね。。。。!
ふっ・・と
森田さんがそのまま素敵なように
私もこの容姿がいいんだなあー・・と
自分を受け入れた。
私にはいつも容姿のコンプレックスがあって
頭ではわかっていても
どうしても太っている自分を受け入れられない。
人間の魅力は中身だ・・と自分に言い聞かせていても、
どこかでスタイルのいい人をうらやんでいました。
歳を経るごとにあきらめもついて
そのコンプレックスの比重も少なくなってはいましたが、
やっぱりデザイナーの服を着てみたいとか
切れ味のいい格好をしてみたいとかの
色気はまだまだ・・あって
しかし
それを思うたびに
逆に思い知らされて
いました。
でも最近,
もう
最後のステージになりつつある自分の
最終課題として
丸ごと自分の自己受容・・を
ずっと考え続けていましたら、
あの小太りの森田キャスターの素敵さに
一瞬のうちに目が覚めました。
この人の素敵さに
容姿の事なんかまったく関係ない・・と
自分の胸がすとんとおちました。
その瞬間
あたしだって、そうさ・・・!と。
あたしの素敵さは容姿なんて誰も思わないヨ!
私の中のマグマのように燃えている情熱や
生きる事を追求して、貪欲に本を読み考え
そして常に自分をミキシングして
心が固くならないように努力して
そこがいいんだ・・・。
一瞬の自己受容でした。
頭じゃあなくて
カラダが自分を受け止めた・・って感じです。
前にもこういうことがたくさんありました。
頭で解析しナットクしても、
どうしてもからだが受け入れず、
コンプレックスがカラダを走ってしまいます。
そういう状態が長ーく続いて、
時には何年も続いて・・・。
あるとき
何かをきっかけに
一瞬にして
悟る・・・。
なかなかしんどい事です。
でもそういう風にして
着物を一枚、一枚脱いでいくしかない。
機が熟すまでに
年月がかかり、
意識ではなく
カラダと心(意識)の両方が一瞬に一体化するとき
科学変化がおきるのかなあーと
思います。
若い頃から小太りで、
同年の人より老けて見られます。
父ちゃんと一緒に銀行へ行ったとき
「こちらお母さんですか・・」とイワレ
殴り殺そしてやろうか・・と
思いました。(笑い)
深く傷つきました。
そのときね・・。
しかしそれも、
もしかしたら私自身のあこがれが
老成する事にあるからかも
しれません。
老成し、
はやく煩悩から開放されたいと
20代の頃から思っていましたから・・。
映画「八月の鯨」のベティ・デイヴィス演じる、
リビーのように
毒が抜けて、
風のように生きているおばあさんに
なりたいなあーと
あこがれています。
時の流れや現実やすべての事に
さからわず、
あるがままのおばあさん・・それも
淑女のね・・。
そういえば彼女も髪の毛がくしゃくしゃで、
顔はしわくちゃ、
容姿のほうはまったくダメだけど、
気難しいけど美しく、
貴婦人のような
リリアン、ギッシュより
ずっと愛らしかったです・・、
私の目には・・・。
そもそも人間の生きる事は
自我そのものが自然と対立し
格闘し征服し、そういう中に
生身の私達がいますが、
歳をとるということが、
自我のなかの毒やよどみが風化していくことならば
最後は
風のように
水のように
空気のように
自分がほどけていく事かなあーと
思います。
そういうとこまで
いけたらいいです。
そういう
とこまで
ね。。。。!
by denshinbashira
| 2007-09-01 18:45
|
Comments(2)
わかります、痛いほど。
私は、もらいっ子で、養親たちに、器量が悪いと言われながら育ち、ひねくれてました。
仏教徒風に言えば、『生きる意味を考えるより、自死しない工夫をしよう』と動き出せたのは、数年前からなんです。
だから、あなたの言葉には、勇気をもらってます。ありがとう。
私は、もらいっ子で、養親たちに、器量が悪いと言われながら育ち、ひねくれてました。
仏教徒風に言えば、『生きる意味を考えるより、自死しない工夫をしよう』と動き出せたのは、数年前からなんです。
だから、あなたの言葉には、勇気をもらってます。ありがとう。
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寧々さまありがとうございます。そして貴女の生きてこられた道も宝物だとおもいます。かけがえのない自分だけの世界。どうぞ大切に・・・!

