2007年 10月 04日
百閒先生と少年団・・。 |
千葉からの帰り道
この三日間、かなり気を詰めたので
頭の中をちょっと緩めようと
内田百閒とその弟子たちの話を思い出しました。
どうして百閒かというと、
日本画の作家と話をしている中で、
版画の話になり、谷中安規→内田百閒とながれ
それで百閒→目白三平→高橋義孝・・とまあ
こういう人々のことを思いだした・・というわけです。
それでなぜ頭が緩むのかというと
この人たちの交遊録がケッサクなのです。
うちのバアチャンは大の百閒ファンで
その本はほとんど読んでいます。
ソシテその弟子である、目白三平氏や
ドイツ文学者の高橋義孝先生の本までも
愛読し
よーくその、酔っ払い三人のエピソードを
面白がって話してくれました。
たとえば百閒先生は
朝、歯を磨いた後はその歯ブラシを
”ワルツ”で水を切るとか・・・。
お昼は必ず日本そばで、
12時のドンがなったらすぐ、蕎麦屋が
そばをもッて来る。
そのタイミングを合わせるために
蕎麦屋の出前モチは
寸前にドアの前だか門のまえだかに待機していて
ドンー、まいどぅのタイミングで
入ってくる・・・とか
酔っ払った3人が今日はタクシーで
隅田川を縫いましょう・・と
隅田川に架かっている橋を
川上から順番に
ジグザグにタクシーで走ったとか・・・!
もう
ほんとうにお馬鹿な3人のエピソードを
色々教えてくれました。
ほとんど覚えていないけど
この話はなぜか覚えていて思い出すたびに
楽しいのです。
高橋義孝先生がお相撲見物の帰りだかに
何とか言う蕎麦屋によって
必ず玉子焼きを食べてでいっぱい飲んで。。云々とかで、
うちはおばあちゃんもわたしも
玉子焼きはとても得意です・・ヘンだけど・・・。
また、百間先生かだかだれか、思い出せませんが
ご馳走帳という
自分ちのご飯のおかずを記録していたというので、
うちのバアチャンもちょっと絵をたしなむので、
肉屋の白い包み紙を
丁寧に熨して和とじにして
自分ちの夕ご飯のメニューの絵をかいていました。
まあ、はっきり思い出せないのですが
でも楽しくて
思い出すたびに
笑ってしまいます。
日常生活を
おちょくりながら
愉快に生きる。。これ極意・・とでも
いうのか
見習いたいものです。
ちなみに百閒の本の挿絵をやっているのが
谷中安規という版画家です。
当時の版画界では、棟方志功と
双璧と言われながらも
その、無欲さとちょっと常軌を逸した生き方で
棟方志功は出世していくのに
安規は戦後の混乱期に
餓死してしまいます。
でもね
その作品は
神々しいくらい俗性がないですよ。
夢がそのまま彫られたように
幻想的でナンともいえません。
ほとんどの人が知らない作家ですが
私は大好きです。
彼のことを書いた
「かぼちゃと風船画伯」という本があります。
目白三平は国鉄の職員で大の鉄道マン。
鉄道マニヤの百閒先生のオタク仲間です。
高橋義孝はドイツ文学の弟子・・?で
その孫弟子が山口瞳さんです。
古き善き大正から昭和初期の
おばかなオッサン少年団とでもいいましょうか
この人たちのことを思い出すと
何となく心のゆとりがかえってきます。
もう一度百閒の本でも
読み直しますか・・。
この三日間、かなり気を詰めたので
頭の中をちょっと緩めようと
内田百閒とその弟子たちの話を思い出しました。
どうして百閒かというと、
日本画の作家と話をしている中で、
版画の話になり、谷中安規→内田百閒とながれ
それで百閒→目白三平→高橋義孝・・とまあ
こういう人々のことを思いだした・・というわけです。
それでなぜ頭が緩むのかというと
この人たちの交遊録がケッサクなのです。
うちのバアチャンは大の百閒ファンで
その本はほとんど読んでいます。
ソシテその弟子である、目白三平氏や
ドイツ文学者の高橋義孝先生の本までも
愛読し
よーくその、酔っ払い三人のエピソードを
面白がって話してくれました。
たとえば百閒先生は
朝、歯を磨いた後はその歯ブラシを
”ワルツ”で水を切るとか・・・。
お昼は必ず日本そばで、
12時のドンがなったらすぐ、蕎麦屋が
そばをもッて来る。
そのタイミングを合わせるために
蕎麦屋の出前モチは
寸前にドアの前だか門のまえだかに待機していて
ドンー、まいどぅのタイミングで
入ってくる・・・とか
酔っ払った3人が今日はタクシーで
隅田川を縫いましょう・・と
隅田川に架かっている橋を
川上から順番に
ジグザグにタクシーで走ったとか・・・!
もう
ほんとうにお馬鹿な3人のエピソードを
色々教えてくれました。
ほとんど覚えていないけど
この話はなぜか覚えていて思い出すたびに
楽しいのです。
高橋義孝先生がお相撲見物の帰りだかに
何とか言う蕎麦屋によって
必ず玉子焼きを食べてでいっぱい飲んで。。云々とかで、
うちはおばあちゃんもわたしも
玉子焼きはとても得意です・・ヘンだけど・・・。
また、百間先生かだかだれか、思い出せませんが
ご馳走帳という
自分ちのご飯のおかずを記録していたというので、
うちのバアチャンもちょっと絵をたしなむので、
肉屋の白い包み紙を
丁寧に熨して和とじにして
自分ちの夕ご飯のメニューの絵をかいていました。
まあ、はっきり思い出せないのですが
でも楽しくて
思い出すたびに
笑ってしまいます。
日常生活を
おちょくりながら
愉快に生きる。。これ極意・・とでも
いうのか
見習いたいものです。
ちなみに百閒の本の挿絵をやっているのが
谷中安規という版画家です。
当時の版画界では、棟方志功と
双璧と言われながらも
その、無欲さとちょっと常軌を逸した生き方で
棟方志功は出世していくのに
安規は戦後の混乱期に
餓死してしまいます。
でもね
その作品は
神々しいくらい俗性がないですよ。
夢がそのまま彫られたように
幻想的でナンともいえません。
ほとんどの人が知らない作家ですが
私は大好きです。
彼のことを書いた
「かぼちゃと風船画伯」という本があります。
目白三平は国鉄の職員で大の鉄道マン。
鉄道マニヤの百閒先生のオタク仲間です。
高橋義孝はドイツ文学の弟子・・?で
その孫弟子が山口瞳さんです。
古き善き大正から昭和初期の
おばかなオッサン少年団とでもいいましょうか
この人たちのことを思い出すと
何となく心のゆとりがかえってきます。
もう一度百閒の本でも
読み直しますか・・。
by denshinbashira
| 2007-10-04 20:21
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Comments(1)
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