贈り物・・・在るだけ。 |

ドゥオモの横で見つけたステキな贈り物
カウンセリングを受けた日
一人で御岳山の神社までいきました。
どうしても一人で考えたかったので、
とりあえず青梅で昼ごはんを食べ
それから
ケーブルカーに乗って
御岳山入り口まで行きました。
昼も2時を過ぎていましたから、
ケーブルカーは、
私とリュックを背負った中年の男性だけで、
降りると同時に誰もいなくなりました。
御岳神社まで往復50分ということなので
とりあえず一人で歩き始めました。
だーれもいない山道は
シーンとして
私の足音だけが谷に響きます。
紅葉し始めた木の茂りが
心地よく
少しさむいくらいでしたが
私には妙な開放感があり
どんどん足取りかるく
進んでいきました。
カウンセリングで得た
すばらしい自分へのメッセージが
確実に自分の中に入るように
中身を反芻しながら歩きました。
一人でブツブツといいながら・・・(笑い)
ハイキングコースの片方は崖で
もう片方は土手で
その土手に
小さな紫の小菊のような花が
うつむいて咲いてました。
その花をみて
ああ、生きるということは
こういうことだなあーと
ふとおもいました。
誰かに見られるために
咲いているんじゃあーない。
もしかしたらだーれもその花のことに
気づかないかも知れない。
でも咲いている。
だあーれも知らないうちに
枯れて
それでもいいって
言ってるような・・・。
すてきだなー。
種が落ちて
この世に出てきて
茎が成長してその上に
咲いているだけ・・。
きっと
こういうことなんだ。
その日の夜、
娘と一緒に近所のツタヤに行きました。
そこで偶然この本にであいました。
「求めない」 加島祥造
読みたい人の為に内容は記しません・・が
あとがきに書いてある文はまさに
私があの花を見たときの気持ちそっくりですので
そこだけご紹介しておきます。
○
そういえば、もうひとつだけ思い出した。
同じ頃の秋の一夜
私は東京の銀座で画家の個展パーティーに出たあと、
友人たちと神田のバーへ行った。
タクシーが堀端を走っていた時、
ふと、その暗い水に浮いている二羽の白鳥を見た。
ほんの一瞬のことだったが、目に焼きついた。
やがて詩を書いたがその中に
こんな数行があったー
まことに秋の夜の
冷たい闇の水にいる白鳥は
美などという抽象ではなかった
人工照明なし
一点の彩色なし
デフォルメもアブストレーもなし
金箔の額縁や
題名の札や小さく書かれた
巨額の値段はなく
誰の目も関心も世辞も賞賛も求めず、ただ
あそこに「在る」だけだ
いったい
なにひとつ求めない美とはなんなのであろうか
○
あんまり書くと
大切な事が
壊れそうになるので
やめておきますが、
たぶん「在る」だけでいいんだと
おもいまいす。