そのまんま幸せになる・・・。 |
家に帰ってきたが
ひとけのない冷え切った家は
なかなか温まらない・・・。
家とは
そういうものだろう・・と思う。
つまりひとけがあって
始めて帰る場所となりうる。
清水寺にいった時
熱心に拝んでいる人がいた。
私はモウ神仏を必要としなくなったので
拝むという心がカラッポになってしまったが
その光景を見て
何となく
いいなあーと
思った。
神、ほとけを信じるのは
神、仏を必要とする全く個人の世界で
それはそれで
他人が踏み込んではいけない。
それはそれで
大切にしてあげなくてはならない
その人の世界ですね。
私はそこのところが
醒め切ってしまって
自分はこの世をしっかり
自力で生ききる・・・と
覚悟しているのですが、
それでも
”祈る”ということだけは
大切にしています。
神仏に依存せず
自分の全力で生き切っても
所詮人間は
ちっぽけで
愚かです。
その愚かさを
ポーンと放りなげて
後は
運を天に任せて生きる。
だから祈ります。
最近読んだ”ひろさちや”さんの言葉で
「そのまんま幸せにしておやりなさい・・。」というのが
ありました。
子供を育てる母親に対して
告げたことばです。
じぶんのこどもに障害があっても
そのまま幸せになるようにしておあげなさい。
自分の子供のデキがわるくても
そのまんまで幸せになるように・・・。
自分の子供の性格がゆがんでいても
そのまんま幸せになるには
どうしたらいいか・・とそのように
自分が手を加えて
そのまんまを直そうと無理をせず
”そのまんま”をうけ入れて
育てなさい・・・。
ということです。
最近気がついたことが
二つあります。
人が幸せになるには
二つの方法がある。
・ひとつは
自分内面と向き合い
自分のゆがんだところや
ひずんだ処に気がつくこと・・・。
・モウひとつは
自分の内面のゆがみを
そのまま
人生に生かすこと。
一つ目は大変むずかしいことです。が
二つ目は
自分の嫌なところも
欠点もそんままでいいんですから
大変組しやすいです。
ただその場合
誰かが
確信を持って
背中を押してあげる必要があります。
なぜなら
たいがい人間は
そういう自分を受け入れられず
また
そういう自分だからこそ
自信がなくて
確信がなくて
さまようのですから、
誰かが
あなたはそれでヨシ・・と
合格印を押してあげないと・・・。
人間はダーれも許しをえることなく
”そのまんま”で幸せになっても
いいんですよ・。
生まれたトコからの
成り行きのままで
そのまんま
幸せになりましょう。