2008年 02月 24日
ナダギとナベアツの敗因・・・・? |
ナダギとナベアツの敗因は
(R1グランプリの順位では負けていないが・・・!)
彼らが聴衆をコントロールしようとしたことにある。
それに比べ
芋洗坂係長は
大衆の中に飛び込んで一体化し
鳥居みゆきは大衆と闘った。
ナダギとナベアツの頭の中には(無意識の領域で)
大衆を笑わせて
自分の掌中におさめようという
発想はあっても
大衆のなかに飛び込んで
憤死する・・・という
発想はない。
それは彼らが無意識に自己防衛しているからで
そこにいるかぎり
大衆とは一定の距離がデキ
大衆の持つダイナミズムを
焚きつけることは
できない・・・。
芋洗坂氏のほうは
ヨレヨレの宴会芸で
中に飛び込み
もみくちゃになることを覚悟で
同調現象を引き起こしている。
鳥居みゆきちゃんは
自分の妄想との闘い=大衆との闘いで
ワケのわからない(説明がつかない)言葉と
エネルギー(不安のエネルギー)が
大衆の中に潜む不条理の共感を
引き出している。
笑うといことは
不条理を笑いとばす。
つまり
存在の不安をはねのける
生命エネルギーです。
頭で、
言葉で
こざかしい演技で
大衆を手玉に取ろうとした
ナダギとナベアツにたいして
二人が
その全身から渾身力で放出したエネルギーは
彼らを
圧倒していたが、
ナンセ審査員が
もう古ぼけた頭のボンクラで
どうしようなかったね・・・・。
時代はもう次の時代の冒頭に
突入している・・・・。
時代の先頭を走っているかのように
思い込んでいるものは
あっという間に
いとも簡単に
大衆のエネルギーに乗り越えられて
しまう。
もし
吉本が
そのことを理解していたら、
あるいは
大衆の怖さが
骨身に沁みてイタ・・・ナラ・・・、
今回のような
ヘボはやらなかったと思う。
M1もR1も吉本芸人以外が
グランプリ取る現実のほうに
きちんと向き合ったでしょうが・・・・?
まるで偽装と隠蔽の
小役人根性そのものでしたねえ・・・。
お笑いをはじめ
芸能、
芸術の前衛性は
おごったものには
つかめない・・・。
なぜならそれは
もともと
河原コジキという
市民社会の外にはじき出された
アウトの世界だからです。
文化や芸術は街枠の
周辺から中心の核へ向かって
市民社会を侵食してゆく・・・。
だから
もう
中心にいるものは
坂を下り落ちるしかないのです。
スゴイでしょ・・。
冷徹な原理です。
エネルギーは
いちばん虐げられ
ドロドロとしたカオスのなかから
生まれてくる。
ソシテ
最後に
文脈ができたところで,
終結です。
芋さんも
みゆきちゃんも
その
説明がつかないところに
飛び込んだからこそ
輝いた・・・。
さて
針の突端に立たされた
ナダギと
ナベアツが
どうするか
自分たちの危機に
気づいているかなー・・・?
おそらく賢いから
気づくといいねえ・・・。
(R1グランプリの順位では負けていないが・・・!)
彼らが聴衆をコントロールしようとしたことにある。
それに比べ
芋洗坂係長は
大衆の中に飛び込んで一体化し
鳥居みゆきは大衆と闘った。
ナダギとナベアツの頭の中には(無意識の領域で)
大衆を笑わせて
自分の掌中におさめようという
発想はあっても
大衆のなかに飛び込んで
憤死する・・・という
発想はない。
それは彼らが無意識に自己防衛しているからで
そこにいるかぎり
大衆とは一定の距離がデキ
大衆の持つダイナミズムを
焚きつけることは
できない・・・。
芋洗坂氏のほうは
ヨレヨレの宴会芸で
中に飛び込み
もみくちゃになることを覚悟で
同調現象を引き起こしている。
鳥居みゆきちゃんは
自分の妄想との闘い=大衆との闘いで
ワケのわからない(説明がつかない)言葉と
エネルギー(不安のエネルギー)が
大衆の中に潜む不条理の共感を
引き出している。
笑うといことは
不条理を笑いとばす。
つまり
存在の不安をはねのける
生命エネルギーです。
頭で、
言葉で
こざかしい演技で
大衆を手玉に取ろうとした
ナダギとナベアツにたいして
二人が
その全身から渾身力で放出したエネルギーは
彼らを
圧倒していたが、
ナンセ審査員が
もう古ぼけた頭のボンクラで
どうしようなかったね・・・・。
時代はもう次の時代の冒頭に
突入している・・・・。
時代の先頭を走っているかのように
思い込んでいるものは
あっという間に
いとも簡単に
大衆のエネルギーに乗り越えられて
しまう。
もし
吉本が
そのことを理解していたら、
あるいは
大衆の怖さが
骨身に沁みてイタ・・・ナラ・・・、
今回のような
ヘボはやらなかったと思う。
M1もR1も吉本芸人以外が
グランプリ取る現実のほうに
きちんと向き合ったでしょうが・・・・?
まるで偽装と隠蔽の
小役人根性そのものでしたねえ・・・。
お笑いをはじめ
芸能、
芸術の前衛性は
おごったものには
つかめない・・・。
なぜならそれは
もともと
河原コジキという
市民社会の外にはじき出された
アウトの世界だからです。
文化や芸術は街枠の
周辺から中心の核へ向かって
市民社会を侵食してゆく・・・。
だから
もう
中心にいるものは
坂を下り落ちるしかないのです。
スゴイでしょ・・。
冷徹な原理です。
エネルギーは
いちばん虐げられ
ドロドロとしたカオスのなかから
生まれてくる。
ソシテ
最後に
文脈ができたところで,
終結です。
芋さんも
みゆきちゃんも
その
説明がつかないところに
飛び込んだからこそ
輝いた・・・。
さて
針の突端に立たされた
ナダギと
ナベアツが
どうするか
自分たちの危機に
気づいているかなー・・・?
おそらく賢いから
気づくといいねえ・・・。
by denshinbashira
| 2008-02-24 18:26
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