吉本隆明「芸術的言論への覚書」を読む。 |
ひさしぶりに吉本隆明の「芸術言論」への覚書。
恐ろしく大仰な題ですがなかは
優しい吉本さんの言葉がありました。
若いときからかなりこの人の本を読みました。
今回読んでみて
もう84歳になられ、
確実に熟しているなあーと思いました。
共感するところも
いや、そうかなーと違和感のあるところも
面白く
中でも如何してそうまでして書くのか・・といわれれば、
それは引っかかりのあることに対して考えて解決せずには
いられないからだ・・と書いてありました。
コレはまさにわたしもそうで
引っかかりのアルことを
そのまま放置できず
なんとか
解決の糸口を・・と考え続けます。
その積み重ねの内に自分がおり、
またひっかかる・・という違和こそ
自分の事を自分が解析したり
検証したりして
自分を知る手がかりとなります。
私の場合
自分でもコレは異常かしらと思うほど
二対の人格があり、
他人と自分とを客観的に見ている公平な自分と
極めて自分本位な感情てき、
攻撃的自分があり
今までは
自分本位の攻撃的自分が引っかかることから
自分の事を理解しする手係りを得
その満たされない感情を
癒したり、救いだしたりしていました。
しかし最近
自分本位で攻撃的な自分はもう
いらないなーと思います。
吉本さんとわたしの違いは
吉本さんがいわゆる受身の書斎派とでもいいまししょうか
ひたすら考え続けるというスタイルに比べ
わたしは行動を起し受身ではアリマセン。
そこの違いはありますが
でも考えて到達するところは
不思議と同じような境地があり、
おもしろいですねえ。
この本で吉本氏は
亡くなった小川国夫さんの事を追悼しています。
わたしも若い頃、自分が作った(密造した・・?)ぶどう酒を
小川先生に差し上げたのが縁で
藤枝の喫茶店でお会いしました。
小川国夫氏と吉本さんの対談は
その言葉一つ一つが厚く、深く
今でもわたしの心に残っています。
中でも吉本さんが
小川さんと真継信彦の二人を対比して
真継信彦が闇の中から光を見る人間なら
小川国夫は光の中から闇をみている・・といったことは
わたしの人生の中で
光と闇の両極の中を
人間は生きているんだという
大きななビジョンとなり
いつも物事を考えるときの
二つの核的視点となりました。
もうひとつこの本のなかから
言葉の本質について
言葉の根幹は沈黙だ・・ということ。
沈黙とは、内心の言葉を主体とし、
自己が自己と問答すること、
自分が心の中で自分に言葉を発し
問いかけることが、まず根底にあり
そこを基底に言葉が語られると
言っています。
まさにそのとおりだと思います。
そのほかにも
西洋的資本主義や文化が敗退していく中で
アフリカの中に
人間のモラルや宗教や生活の原型がそろっている・・という見解を
書いていますが、
私もそう思います。
アフリカには
わたし達が軽率に接木してしまい、
そして犯された西洋の白人文化に対する
批判的で冷徹な視線が残っているような気がします。
考え続けたきた
日本の哲人吉本隆明
昔に比べて平易でやさしい本でした。

