どこかでガスをぬかなきゃー! |
本当に嬉しいです。
嬉しいということの裏には
どうも朝青龍が
日本のマスコミのフラストレーションの
はけ口にされているようで
とてもいやだったからです。
マスコミもそうですが
今の日本には
たくさんの澱みが溜まっていて
なんだかものの見方が
イジワルになっている気が
します。
きっと誰もが
たくさんのがまんをして
そのはけ口がなく
どこかでガス抜きをしたくて
なにかそういうはけ口になるような
事を見つけている気がします。
そういう時は
誰もがなっとくできる、
コイツなら
いじめても
そう文句は言われない・・というようなターゲットというか
いけにえというか
大衆がカタルシスできそうなものを
特にマスコミはネタにします。
自分達に注意を向けるための手段なんですが
今回幼児性とヒール性がつよい
朝青龍がその餌食になった気がします。
テレビのキャスターが
一番か二番買えるといいのにねえーと言った事が
問題になりましたが、
私はちょうどその場面をみていて
そだよねーと思いましたから、
所詮興行と銘打っているのは
そういうものですから
そこに正義やスポーツマンシップを
持ち出すのもどうかと思います。また
品格うんぬんというのも
品格があればいいけど・・という程度のもので
所詮タニマチの旦那衆に可愛がられて・・という
裏を持つ世界ですから
どうって言うこともないと思いす。
大衆の中にたまったフラストレーションのひとつとしての
”みせもの”興行ですから
横綱は強くなけりゃー話になりません。
15日間相撲を張り続けるからくりとして
”買う”いうことも
あったのでしょう。
人間は
二人以上がそろうと
そこに緊張のストレスがたまります。
ましてこういう世の中で
もうみんな目いっぱいで
どこかでガス抜きをしないと
持ちません。
そういうガス抜きの最大のものが
”戦争”で
アメリカ社会は何時もそういう奥の手を使って
あの人種の坩堝の社会を維持してきたでしょう。
アル学者によると
社会のフラストレーションが最高潮になり
戦争に突入する周期は60年だということです。
第二世界大戦から60年がたとうとしている日本の社会
戦争に走らないためにも
モット大らかにものごとを御していかないと
えらいことになる・・と思います。
自分を追い詰めず
他人も社会も追い詰められないよう
どこかでガスをぬいて
生きなければ・・と
思います。