春を待って・・・。 |
○看花至田面庵 訳 田面庵に花を看る。
桃花霞挟岸発 桃の花が岸を挟んで
霞のように咲いている
春江若藍接天流 春の川が藍色の帯のように
天に接して流れている。
行看桃花随流去 浮かんでは流れて、
桃の花が去ってゆく
故人家在東頭 亡くなったあの人の家は
あの流れの東の先のほうにあったなあ
何回もこのブログでご紹介しています。
しつこいですねえ・・・(笑い!)でも
ステキな詩で、
良寛の親友の有願が死んだことを
悼んで読んだ詩です。
そのことを思うと胸が熱くなります。
藍色に流れる川に浮かんで流れていく桃の花
時空が交叉し、
藍色の川は天球に繫がっているようで
小さな宇宙観さえ感じます。
こういう感じは宮沢賢治の詩を読んだときにも
感じます。
風景描写の妙と言葉のリズム感が
水晶のように結晶して
そして人間、或いは他者たいする
包容力がささやかで、静かでいいです。
もうひとつ思い出すのは
良寛が師匠の国仙からもらった印可の偈、
これもとてステキです。
旅立ちの詩です。
良也 愚の如く 道転た(うたた)寛し
騰々任運 誰か得て看しめん。
為に附す 山形の爛藤杖
到る処 壁間に午睡、閑かならん。
良よ!
オマエさんは
愚か者のようだが
そのこころの広々としたステキな人間だ。
ノホホンのほほんと運を天に任せて生きるオマエさんを
誰も理解できないかも知れないが、
さあー、
この山から切り出した真っ黒の藤の杖をあげるから、
どこへでもおいき・・・!そして
岩の陰で
のどかに昼寝でもして生きていきなさい!ちょっと私が違約してますけど(スミマセン)
こういう人間観がいいなあーと思います。
ギスギスとしていなくて
かといって
のんびりしている・・というのとは違います。
良寛はこの偈を貰ってから孤高の旅に出ます。
それは凡庸には理解できない、僧としての修行の旅で
究極には施しを受けながら乞食をしていく旅です。
でもそのときの心のあり方というか
いつも、いっぱいいっぱいではなく、
何があっても運を天に任せ、
おおいなるものに委ね生きていきなさいよ・・と
言っているのだと思います。
師匠がくれた真っ黒の杖を頼りに
心を煩悩で乱すことなく
自分を信じておいきなさい・・と
そういう風に思います。
今日は深谷までねぎを買いに行きました。
この冬、たいした病気もなく過ごせたのはあのねぎを
たくさん食べたからかもしれません。
かえってから包丁で切るとザクッと音がして
ジワーッと汁がでてきました。
それをくしに刺して焼いて食べました。
口じゅうにねぎの甘さが広がって
おいしいなあー・・・甘露甘露!
もう新潟の田面庵の桃は
咲いているのかなあー
でも北国はまだ雪が降っている
らしい・・・。
『愚の如く 道転た(うたた)寛し』
ため息がでます。
こういう人間になりたいなあーと
春を待ちながら毎年思います。
愚の如く・・ねえ。
おおらかにねえー・・。

