2009年 07月 10日
味わいつくして、風が吹く・・・! |
自分が死ぬと・・という冷厳な事実を
いつも心のどこかに置いておくと
たいがいのことが、
どおってことない・・と
思えてきます。
どおしたら、
生きることに満足しきって死ねるか・・と。
多分
それは
自分を十全に生ききることで
どうしたら十全に生ききれるか・・?
私の場合は
"今”という一瞬をできるだけ
充ちた瞬間にしようと
思っています。
そのためには
自分の欲求にできるだけ正直に生きます。。
自分の好きなことをして
食べたいもの食べ
できるだけ遊びます。
仕事もなるべく義務的なことはやめ
嫌な仕事や
義務的な仕事はできるだけ
”ゆっくり”時間をかけてやります。
もう歳なので
その辺の選択は非常にうまくなりました。
人間関係も
絞れるだけ絞り、
不毛な人や
義理や付き合いなどの関係も
切捨てました。
自分という器に
いつもエネルギーがみち
感情や感性が瑞瑞しくなるためには
いつも自分の思いに
寄り添い
そして自分の中のネガティヴな
感情を毎日のように祈りながら
捨てて
自分が自分の垢で
汚されないようにします。
自分が傷ついたり
へこんだりするのは
自分の垢のついた心が反応するせいで
他者のせいではありません。
ほんとうに
究極的には
人間は自分が造りだした”世界”で
生きているのです。
自分が吐く言葉は
自分に言っている言葉で
自分がする行いは
自分が選んで行っている
行為です。
だから自分に反した行為を
すればするほど
自分は充たされず
苛立ち
心に穴があき
その反動で、
ますます他人や
ものごとへも執着が
募ります。
もう
上から
下まで
自分だらけで
自分が自分で確固たるものに
なったとき
初めて
動ぜず・・と
なるのではないかと
思います。
エゴイストと思われようが
偏屈とか
変人とか言われようが
自分を味わい尽くしたとき
満足な体の中を
フーッと風が通り抜けるような
無の境地が
沸くのかなーと
思います。
八年前に亡くなった父も
昨年亡くなった母も
身一つで
行きました。
見送る私は
その冷厳を
受け取りました。
いつも心のどこかに置いておくと
たいがいのことが、
どおってことない・・と
思えてきます。
どおしたら、
生きることに満足しきって死ねるか・・と。
多分
それは
自分を十全に生ききることで
どうしたら十全に生ききれるか・・?
私の場合は
"今”という一瞬をできるだけ
充ちた瞬間にしようと
思っています。
そのためには
自分の欲求にできるだけ正直に生きます。。
自分の好きなことをして
食べたいもの食べ
できるだけ遊びます。
仕事もなるべく義務的なことはやめ
嫌な仕事や
義務的な仕事はできるだけ
”ゆっくり”時間をかけてやります。
もう歳なので
その辺の選択は非常にうまくなりました。
人間関係も
絞れるだけ絞り、
不毛な人や
義理や付き合いなどの関係も
切捨てました。
自分という器に
いつもエネルギーがみち
感情や感性が瑞瑞しくなるためには
いつも自分の思いに
寄り添い
そして自分の中のネガティヴな
感情を毎日のように祈りながら
捨てて
自分が自分の垢で
汚されないようにします。
自分が傷ついたり
へこんだりするのは
自分の垢のついた心が反応するせいで
他者のせいではありません。
ほんとうに
究極的には
人間は自分が造りだした”世界”で
生きているのです。
自分が吐く言葉は
自分に言っている言葉で
自分がする行いは
自分が選んで行っている
行為です。
だから自分に反した行為を
すればするほど
自分は充たされず
苛立ち
心に穴があき
その反動で、
ますます他人や
ものごとへも執着が
募ります。
もう
上から
下まで
自分だらけで
自分が自分で確固たるものに
なったとき
初めて
動ぜず・・と
なるのではないかと
思います。
エゴイストと思われようが
偏屈とか
変人とか言われようが
自分を味わい尽くしたとき
満足な体の中を
フーッと風が通り抜けるような
無の境地が
沸くのかなーと
思います。
八年前に亡くなった父も
昨年亡くなった母も
身一つで
行きました。
見送る私は
その冷厳を
受け取りました。
by denshinbashira
| 2009-07-10 20:14
| 『もう直ぐ死ねるぞ!』
|
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