2009年 10月 23日
人生の極意! |

こんなにちいさいタワシを買いました。
手のひらに入って洗いやすいです。
野菜も食器もゴシゴシ洗えます!
ついでに都合のワルイコトも
ドンドン洗い流してしまいましょう。
昨日の続き!
加島祥造さんの「タオ・老子」
より
第80章
食事はゆったりと、おいしい物を食べ
着るものは美しい上等な服
日々は安楽であり
習慣を乱そうともしない。
隣の国は近くて、
犬の吠える声や鶏の鳴く声が聞えるほどだが、
そんな隣国とも往来しない、
そして、ずいぶん歳をとってから
静かに死んでゆく。
これって
人生の極意ですね。
人間はストイックになることも
善行をつむこともありません。
ただひたすら自分を生きる。
そして他人とも
ちゃんと距離をおいて
嫌なら付き合うこともしなくていい。
ほとんどの人が
人間は確定された自我や性格があり
固定的な自分を生きているように
思い込んでいますが、
人間は確定された人格が在るのではなく
常に変化し流転しています。
私たちの細胞は三ヶ月ですっきり入れ替わると
聞いています
極論するなら、
私たちは原子の働きとふるまいの中に
常に集積と離散をくりかえしている。
無から生まれて
絶え間なく連続しながら
変化し動いて
生きている。
しかし以前にも書きましたが
私たちの身体は急激な変化に耐えられませんから、
少しずつ現状を維持しながらゆっくり変化します。
また
私たちの意識は不安を植えつけられていますから、
固定した意識で自分を守り
未知の世界を生きる勇気をそがれています。
ほんとうは刻々と未知の世界を生きているのですが
それは意識にはのぼりません。
むしろ無意識で、自動的に生きているといったほうが
いいでしょう。
もういちど
私たち人間は常に細胞分裂を繰り返している
私という生命現象が
未来へ向かって進行している。
無から生まれて有となり
自分の物語を生き終えてまた無へと
帰っていきます。
この地球と言う舞台を与えられ
そこで様々に脚色され、彩色され
まぶしい光と音を浴びながら
自分と言う美しい絵の物語を綴っていく。
間違えてはいけないのは、
絵は美しい色ばかりでは成り立たず、
醜い姿や毒々しい色も
真っ黒な暗黒もすべてが
私たちの人生の大切な断片です。
すべてが私たちの人生を彩り
形作る大切なものたちだということ・・・。
一瞬一刻の現実である「今」を生きながら、
それが
やがて
「死」という完結でやっと
形になる。
逆にいえば
死ぬまでは
私たちに
形は無いのです。
形のない形だけがあるところ
無いものだけのあるところ、すべてが
捉えがたい抽象で、できている。
私たちは
ともすると
自分の行為の結果を悔やんだり
人間関係で悩んだり、
とても苦しみますが、
実は死ぬまでは形が定まらないのですから、
人間は自分のことさえも
よくわからないのです。
まして自分が常に変化しているんですから
他人のことなんて
分るはずがアリマセン。
そしてね、
常に変化し流転しているのですもの
過去のことなんか
忘れていいんですよ!
刻一刻と自分は変化しているんですから
過去の自分のことなんか
知ったこつちゃ無い・・・笑い!
常に新しい自分を
生きましょうヨ!
自分にブレーキがかかるようなことは
ゼーンぶ忘れて
安穏に
生きる
それが極意です。
by denshinbashira
| 2009-10-23 13:53
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Comments(2)
いつも拝見させていただいています。
オケで、娘さんにお世話になってます。
非常~に同感します!
オケで、娘さんにお世話になってます。
非常~に同感します!
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musihakaseさま、コメントありがとうございます。いつもうちの屯女がお世話になりありがとうございます。娘からいつもご苦労をされていると伺っています。世の中はできる人がやるしかない・・・もので、しかしできる人の苦労を理解できる人は少なく、大変ですが頑張ってください。娘共々影ながら感謝し応援しています。

