2010年 01月 14日
真珠を見つける・・・・。 |
昨夜は鍛金の作家と打ち合わせでしたが
そのとき話題になった「コンプレックス」と言うことについて
書いてみます。
「コンプレックス」と言うのは本来「感情の複合」ということですが、
今日書くのは日本で通俗化している「劣等複合感情」として
書いてみます。
人間は誰でも劣等感情を持っています。
自分のなかの自分では受け入れたくない
劣ったもの・・。
しかし逆に優れている・・という世俗に共感され
受け入れられているものが
受け入れられると同時に消費され行くのに比べ、
自分の中で自分だけしか知らない
その劣等な世界は、
ひそやかに育てられ、またそれがある故にもがき、あがき、
出口を求めて、努力がなされます。
それはその人しかしらない
その人独特の世界を創りあげてゆきます。
じつはねえ、
コレこそ
宝物なんです!
人生の前半で自分を悩まし続けた”劣等感”を今度は
裏返して人生の後半では
自分の独自性として
使うんです。
そのためには
自分のコンプレックスを
ちゃんと受け入れ、市民権を与え
そしてそれに共感しともに生きる覚悟をする。
つまり
劣等だった部分を逆手にとって
自分らしい生きかたに変換していくそのいい例が
お笑いの芸人達です。
先日録画見たコントで
フットボールアワーのノンちゃんと
バナナマン日村が
それぞれの”ブサイク”を逆手にしたコントをやってましたが、
みごとでしたねえ・・。
昔話にある「鉢かづき姫(鉢かぶ姫)」は
母親が死ぬ間際に娘の頭に
鉢をかぶせてしまいます。
その鉢が取れないばかりに
娘は周囲から愚弄され排斥されて苦しみます。
しかし娘が成長したある日その鉢が割れて
なかから
珠のようにうつくしく成長した姫があらわれます。
自分が苦しんだこと
傷つきもがいたことは
人生の後編には
宝物になる。
苦しみは深い影を造り
彫りのふかい思考を造ります。
石を投げ込まれたあこや貝が
その石の痛みを癒すために
自分の粘液で包み込んでできたのが
真珠ですから、
ようは自分と言う人間をすみずみまでも
愛することですね・・。
わたし自身も、自分は頭が悪く
太っていいて容姿も悪い・・・と
苦しみましたが、おかげで
ちやほやとされる・・・消費・・されることもなく、
軽薄な男も近寄らず、
悩んだ故にカウンセリング学を学び
脳に関する書物を読み
そして
親鸞やキリストに助けられ
清水を飲むように
良寛の漢詩の世界に包み込まれ
自分が価値のない人間だと思いこんでアガイたことで
宮澤賢治の、キラキラした世界に体いっぱい
充たされ、
山頭火の俳句に毎日救われて!
優れていないことで逆に
期待されなかったことが
自分のペースで人生を学ぶことができました。
人生の後編をどう生きるか・・は
自分の中にある珠玉の世界を
発掘できるか・・・にかかってます。
どんな人にも「コンプレックス」はありますから、
それぞれの真珠がみつかると
いいですねえ・・。
スルメをかみしめるようにねえ・・・、
自分をかみしめられると
いいねえ・・。
そのとき話題になった「コンプレックス」と言うことについて
書いてみます。
「コンプレックス」と言うのは本来「感情の複合」ということですが、
今日書くのは日本で通俗化している「劣等複合感情」として
書いてみます。
人間は誰でも劣等感情を持っています。
自分のなかの自分では受け入れたくない
劣ったもの・・。
しかし逆に優れている・・という世俗に共感され
受け入れられているものが
受け入れられると同時に消費され行くのに比べ、
自分の中で自分だけしか知らない
その劣等な世界は、
ひそやかに育てられ、またそれがある故にもがき、あがき、
出口を求めて、努力がなされます。
それはその人しかしらない
その人独特の世界を創りあげてゆきます。
じつはねえ、
コレこそ
宝物なんです!
人生の前半で自分を悩まし続けた”劣等感”を今度は
裏返して人生の後半では
自分の独自性として
使うんです。
そのためには
自分のコンプレックスを
ちゃんと受け入れ、市民権を与え
そしてそれに共感しともに生きる覚悟をする。
つまり
劣等だった部分を逆手にとって
自分らしい生きかたに変換していくそのいい例が
お笑いの芸人達です。
先日録画見たコントで
フットボールアワーのノンちゃんと
バナナマン日村が
それぞれの”ブサイク”を逆手にしたコントをやってましたが、
みごとでしたねえ・・。
昔話にある「鉢かづき姫(鉢かぶ姫)」は
母親が死ぬ間際に娘の頭に
鉢をかぶせてしまいます。
その鉢が取れないばかりに
娘は周囲から愚弄され排斥されて苦しみます。
しかし娘が成長したある日その鉢が割れて
なかから
珠のようにうつくしく成長した姫があらわれます。
自分が苦しんだこと
傷つきもがいたことは
人生の後編には
宝物になる。
苦しみは深い影を造り
彫りのふかい思考を造ります。
石を投げ込まれたあこや貝が
その石の痛みを癒すために
自分の粘液で包み込んでできたのが
真珠ですから、
ようは自分と言う人間をすみずみまでも
愛することですね・・。
わたし自身も、自分は頭が悪く
太っていいて容姿も悪い・・・と
苦しみましたが、おかげで
ちやほやとされる・・・消費・・されることもなく、
軽薄な男も近寄らず、
悩んだ故にカウンセリング学を学び
脳に関する書物を読み
そして
親鸞やキリストに助けられ
清水を飲むように
良寛の漢詩の世界に包み込まれ
自分が価値のない人間だと思いこんでアガイたことで
宮澤賢治の、キラキラした世界に体いっぱい
充たされ、
山頭火の俳句に毎日救われて!
優れていないことで逆に
期待されなかったことが
自分のペースで人生を学ぶことができました。
人生の後編をどう生きるか・・は
自分の中にある珠玉の世界を
発掘できるか・・・にかかってます。
どんな人にも「コンプレックス」はありますから、
それぞれの真珠がみつかると
いいですねえ・・。
スルメをかみしめるようにねえ・・・、
自分をかみしめられると
いいねえ・・。
by denshinbashira
| 2010-01-14 09:34
|
Comments(0)

