2010年 01月 26日
子供は野に放してこそ・・・! |
昨日はゾッとするようなテレビの光景を見た。
フィギアスケートの選手にするために
9歳の女の子が、オリンピックをめざして、
盆暮れもお正月も休まず、一日何時間も練習する!
親はその子のマネジャー状態で子供に張り付いている・・・。
恐ろしいですし
愚かです・・・。
もし
ほんとうに子供の幸せと将来のことを考えているなら
そのお母さんのために
書いてみようと思います。
生き物はその生れ落ちた環境の中で、
その生命が生き延びるために
脳にデーターを入れて編集していきます。
人間も同様に、その赤ん坊が生まれた環境のなかで
生命が生き延びるために反応データーを収集し
その赤ん坊にとって環境に順応し、
ストレスを回避していくいき方を
脳が編集していきます。
だから子供が親の掌の環境の中にいる間は
そのせまいーい環境条件の中のデーターしかなく
それでも
それを使い廻せば、スムーズに生きてゆけるのです。
しかし
人間は社会に出たとき
多くの違和異質の他人達と一緒に生きてかねば
なりません。
だから親の掌からでたとたんに
人間は試練にあい、動揺し、挫折の繰り返しになります。
しかし
そのマイナスの経験こそとても重要で、
それは人間にとって、人間だけではなく他の生き物たちも同様に
親の文化や知性とは違和の未知の世界に出会い
脳は発火し、取得したデーターをもとに
その人間独自の生き方を編集していきます。
そのとき
今だ親の掌にいるうちでも
親から解き放たれ、
多くの子供独自の経験や
こどもどうしの交流や
その子供が自分で未知の世界に遭遇してデーターを集め
脳のデーターや経験知が豊富であればあるほど
その子の将来は豊かになって生きます。
また子ども自身の
編集能力もたかくなり
外界(親の掌から脱出した世界)への適応も
スムーズになって行きます。
それが
親が管理し、監視し、子供の時間を奪い、
将来はオリンピック選手などど・・・じぶんの呪い(専門用語では
魔女の呪いといいます。)を吹き込み
狭い条件のなかに押し込められた子供が
将来この世に適応できなくなることは
目に見えています。
できるなら
子供は
誰からも期待されず、
その子独自の子供の時間を過ごせれば最高です。
私だってたった一度の人生、
他人の期待のためにつぶしたくないです!
子供だけでなく、
大人だって
自分の欲求が充たされれば
自然に次へと進むでしょ!
子供である・・・という欲求が存分に充たされれば、
自然に子供は成長して大人になっていきます。
残念ながら
日本はそういう大切な子供の時間を
受験という・・・カスのような幻想で
奪ってしまいました。
その結果が
今の現実です。
幼児の大切な幼児の時間を奪ってしまった結果
社会全体が幼児化してしまった・・・。
もう一度、いいます。
赤ん坊が生まれた瞬間から
その赤ん坊を生かすために
脳はデーターを収集し
生き方を編集します。
そのデーターもその赤ん坊独自の選択があり
その機会を親もいかなる他人も
奪ってはいけない!
だから親はその子の生活を保障し安全を守り
「安心」させてあげ、あとは、
その子自身の生き方をほおっておく・・・。
以前にも書きましたが
赤ん坊の脳は汎化状態・・つまり
ものごとを漠然としか認識できず
幼稚園くらい・・・字を確実識別できるくらいまで
例えば
”あ”と”お”とが漠然とししてしか認識できない・・しかしそれは
”あ”と”お”の間にある、
数限りないバリエーションを獲得できる・・ということもでも
あるんです。
無限のパターンの収集時期でもある・・。
”あ”をあと認識してしまった大人には”あ”は
あ・・しかありません。
子供に比べたら
なんて貧相な世界かと・・私は思います。!
脳データーが固定化する・・と言うのが老いてゆく世界で
子供の自由で奔放なデーター収集の世界を
老いた、固定化した頭がいじくっては
もったいないよねえ・・・。
脳の主な仕事は
データー収集と
その編集です。
どうぞ
自分の子供を信じて
こどもは存分に野に放ち
遊ばせてあげてください。
フィギアスケートの選手にするために
9歳の女の子が、オリンピックをめざして、
盆暮れもお正月も休まず、一日何時間も練習する!
親はその子のマネジャー状態で子供に張り付いている・・・。
恐ろしいですし
愚かです・・・。
もし
ほんとうに子供の幸せと将来のことを考えているなら
そのお母さんのために
書いてみようと思います。
生き物はその生れ落ちた環境の中で、
その生命が生き延びるために
脳にデーターを入れて編集していきます。
人間も同様に、その赤ん坊が生まれた環境のなかで
生命が生き延びるために反応データーを収集し
その赤ん坊にとって環境に順応し、
ストレスを回避していくいき方を
脳が編集していきます。
だから子供が親の掌の環境の中にいる間は
そのせまいーい環境条件の中のデーターしかなく
それでも
それを使い廻せば、スムーズに生きてゆけるのです。
しかし
人間は社会に出たとき
多くの違和異質の他人達と一緒に生きてかねば
なりません。
だから親の掌からでたとたんに
人間は試練にあい、動揺し、挫折の繰り返しになります。
しかし
そのマイナスの経験こそとても重要で、
それは人間にとって、人間だけではなく他の生き物たちも同様に
親の文化や知性とは違和の未知の世界に出会い
脳は発火し、取得したデーターをもとに
その人間独自の生き方を編集していきます。
そのとき
今だ親の掌にいるうちでも
親から解き放たれ、
多くの子供独自の経験や
こどもどうしの交流や
その子供が自分で未知の世界に遭遇してデーターを集め
脳のデーターや経験知が豊富であればあるほど
その子の将来は豊かになって生きます。
また子ども自身の
編集能力もたかくなり
外界(親の掌から脱出した世界)への適応も
スムーズになって行きます。
それが
親が管理し、監視し、子供の時間を奪い、
将来はオリンピック選手などど・・・じぶんの呪い(専門用語では
魔女の呪いといいます。)を吹き込み
狭い条件のなかに押し込められた子供が
将来この世に適応できなくなることは
目に見えています。
できるなら
子供は
誰からも期待されず、
その子独自の子供の時間を過ごせれば最高です。
私だってたった一度の人生、
他人の期待のためにつぶしたくないです!
子供だけでなく、
大人だって
自分の欲求が充たされれば
自然に次へと進むでしょ!
子供である・・・という欲求が存分に充たされれば、
自然に子供は成長して大人になっていきます。
残念ながら
日本はそういう大切な子供の時間を
受験という・・・カスのような幻想で
奪ってしまいました。
その結果が
今の現実です。
幼児の大切な幼児の時間を奪ってしまった結果
社会全体が幼児化してしまった・・・。
もう一度、いいます。
赤ん坊が生まれた瞬間から
その赤ん坊を生かすために
脳はデーターを収集し
生き方を編集します。
そのデーターもその赤ん坊独自の選択があり
その機会を親もいかなる他人も
奪ってはいけない!
だから親はその子の生活を保障し安全を守り
「安心」させてあげ、あとは、
その子自身の生き方をほおっておく・・・。
以前にも書きましたが
赤ん坊の脳は汎化状態・・つまり
ものごとを漠然としか認識できず
幼稚園くらい・・・字を確実識別できるくらいまで
例えば
”あ”と”お”とが漠然とししてしか認識できない・・しかしそれは
”あ”と”お”の間にある、
数限りないバリエーションを獲得できる・・ということもでも
あるんです。
無限のパターンの収集時期でもある・・。
”あ”をあと認識してしまった大人には”あ”は
あ・・しかありません。
子供に比べたら
なんて貧相な世界かと・・私は思います。!
脳データーが固定化する・・と言うのが老いてゆく世界で
子供の自由で奔放なデーター収集の世界を
老いた、固定化した頭がいじくっては
もったいないよねえ・・・。
脳の主な仕事は
データー収集と
その編集です。
どうぞ
自分の子供を信じて
こどもは存分に野に放ち
遊ばせてあげてください。
by denshinbashira
| 2010-01-26 09:06
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