2010年 02月 07日
啓翁桜 |

昨日買ってきた啓翁桜の蕾です。
9日からのそごう千葉デパートでの加茂縞織洋服展のディスプレーに使います。
タイトルは「春や春」、春のウキウキ感を演出したいと思います。
時間が余ったので、ぶらりと本屋をひやかしていたら、
今流行の勝間和代氏の「結局、女はキレイが勝ち」というタイトルに
ナニを言っちょるんだと
むらむらと反論が湧きました・・・笑い!
しかし
一度くらい彼女がどういうことを書いているのか
きちんと読んで書評でもと、思いなおして
その本とほか一冊を買って読みました・・・ところ、
あまりにうすっぺたらな言葉と内容に
書評をかくのもバカバカしくなりました。
こういう本が売れるんですかねー。
日本の女性は、相当おばかになったのでしょうか?
人生がインスタントに行くわけがなく
複雑に絡んだ糸をほぐしながら、
けつまづいたり、失敗したりの連続の中から
さまざまな出会いがあり、学びが在り、前進があります。
父ちゃんに聞いたら、首をかしげて
「わかりやすいからじゃ、ないの?」といってました。
人間社会が、或いは人間関係がなぜわかりにくいかというと、
それは、さまざまに傷つきながら生き延びてきた、
人間の生々しい歴史があるからで、
無意識と意識の断層のなかで
脳がその人間を生かすために絶えず情報を取捨選択し
記憶に書き込み、そして生き方を編集する。
それは個人個人それぞれに書き込みによって
情報の評価が違うからで
なぜ違うというと
その生命のおかれている環境がそれぞれ違うからです。
極端にいうとね、
誰にでも通じる、人生攻略の方法なんて
ないんです。
もっと辛らつに言うと
勝間さん自身
彼女の周辺の人間の価値観から言うと
成功しているのかもしれませんが、
私の価値観や人生観からみると、ちっとも成功しえていないし、
本人がいうほどキレイでもありません。
ずっと以前に徹子の部屋で見たときは、
落ち着きのない女性で、
口ばかりがへの字に曲がる
妙な表情だなーと思いました。
自分とい人間はその内面に
自分という独特で固有の自我を背負い
その自我と外的世界がきしみ、軋轢をおきしながらも
降りかかってくる問題をやっとこさっとこ解決しながら
ひとつずつ小石をひろっては、自分の水準を上げていく。
そのひと自身の固有のその”プロセス”がとてもたいせつなもので
だから自分の人生に起きてくる良い事も悪しき事も
成功も失敗もすべて
尊いのですぞ!
たいへんだけど、自分を信じて切り開こう!
戦おう!
チエを尽くそう!
頭が腐るほど
かんがえよう!
怖いけどいつ歩ふみだそう・・と
常に格闘や葛藤のなかを
ひとは
あるいているんです。
結局は女はキレイが勝ち・・・なんて
なんて愚かしいことですかねえ・・・。
わかりやすいことは、
安易に受け入れられる代わりに
安易に消費されます。
わたしたちは予定調和ではない薄暗がりの中を
勇気を持って生きるから
そこに喜びや、生命が発火する輝きがあるんです。
まあ
知性と教養が有る女性なら
そういうことは
すでに承知の事と
思います。
近来になく
買ったお金が惜しいと
思いました。
by denshinbashira
| 2010-02-07 08:22
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